ずいぶん久々Twice onedayブログ!麗し美し佐藤麗ちゃんのお写真です~♪ | FWのブログ
2016-08-14 20:01:22

ずいぶん久々Twice onedayブログ!麗し美し佐藤麗ちゃんのお写真です~♪

テーマ:ブログ
こんばんは~

明日から仕事!早く寝ナイトFWです・・・(>_<)
多くのみなさんもお盆休みでお疲れナイトの方多いと
思います。ゆっくり休んでくださいね~

FWは日曜の夜のいつもの楽しみ!「真田丸」観ることw
平日録画した「とと姉ちゃん」を週末一気に観ることもですがw
今はしばしそれに五輪観戦が加わり、家にいてもエンジョイ賑やかです。

お写真の前に麗ちゃんを撮りながら見ていて、ふいにまだ観たことはない、ただ題名は昔から
知っていたオードリーヘップバーン主演の名画「麗しのサブリナ」が脳裏によぎり、
一度観たくなってしまったことバラシちゃいますww←お前の感慨どーでもいいし!って
ことで

この辺にしてお写真行きますね~(記事では極力暑苦しい文の圧縮に努めています(^^ゞ)


























model:佐藤麗
ビューイット撮影会サマーフェスティバルの写真より~♪


ByFW



記事は終わってますが、今日は久々FWつぶやきコーナー開設します(笑)
僕の個人的な考えを書き綴るだけですから、大多数の読者にはスルー必至なのは
いつも書いてる通りです。


真田丸を観ていると三谷ワールドで展開がスピーディで面白いと共に、歴史新説
も大胆に何気なく盛り込まれていて、僕のような歴史大好きなファンの心を
つかんでいる気がします。

井沢元彦氏がその著書の中で述べられてたと思いますが、教科書などで知っている
歴史とはかなり違う真実や人間ドラマが実際は繰り広げられていて、それを知っていくと
別の日本も見えてくるというものです。

例えば秀吉と家康が唯一激突した小牧長久手の合戦において、家康が野戦で
戦上手の腕前を見せ、秀吉の急襲軍を撃破してさすが家康は強いという評価
を得て、秀吉が妹を人質に出し、最後は実母を人質に出してまで家康をとりこむ
ことに腐心したことは世に知られていて、それが英雄は英雄を知るみたいな
話になってますが、

秀吉はあの時点で家康を滅ぼすことを本気で考え、必死な思いで防御陣地を各所に
たくさん築き、なんとか生き延びることに苦悩奔走していた家康の実際はあまり
語られていないような気がします。

秀吉は既に西日本勢力(除く九州島津氏)や北陸までも勢力下に
おき10万人以上の兵力動員が可能だったので、家康と同盟関係に
あった織田信雄を得意の調略&人心掌握術策(俗に言う人たらし)
で家康を裏切らせた後は、ひたすら力攻めで家康を滅ぼす軍事態勢
をかため、家康は絶対絶命の状況にあったことはあまり語られない。

まさに秀吉の軍容が整い、家康攻めが開始される直前に、実は突然
天正大地震が、北陸から滋賀東海方面を襲ったのである。
(その地震の内容は記録に乏しいため不明な点が多いが)
天正13年11月29日(旧歴)1586年1月18日とのことである。

そのだいぶ後京都伏見を襲った慶長伏見大地震(1596年9月5日)とは
別の大地震なので念のため。(真田丸で描かれた秀吉居所を襲い、
完成間近の伏見城天守が倒壊し、城内だけで600人以上が圧死した
方の地震である。)

そのため軍勢に加わっていた被災方面に領地があった武将達は
戦どころでなくなり、家康攻め開始直前で攻撃計画は崩壊した。
ただ幸い家康の勢力圏の被害は少なかった。

当時琵琶湖沿いの長浜城主だった秀吉側の武将山内一豊と
その妻千代(まつとの説もある)との間に生まれた幼子の女子が
城の崩壊のためその犠牲となった他、同城で人的な被害を含む甚大な
被害があったとの記録が残っている。

家康が秀吉覇権の政治体制でかろうじて滅亡せず、サバイバルが
でき、この後真田丸でも繰り広げられるであろう関ケ原の戦いで
実権を握り、江戸幕府を開くことができたのはこの窮地をかろうじて
凌いだからである。

世に名高い江戸後期の歴史家であり、思想家文人頼山陽は
初めて日本で歴史の通史(日本外史)を書き上げているが、
その中で家康は関ケ原で天下をとったのでなく、小牧長久手で
天下をとったといみじくも書いているとのことを某歴史番組の
中で知った。

もし、当時天正大地震がなく、秀吉と家康が激突していたら、
10万の兵を動員できた秀吉に対し、3万~4万動員がせいぜい
だった家康は秀吉をてこずらせたかもしれないが、かなりの
確率で滅ぼされていたと思われる。

当時は関東に北条氏が健在であり、同盟を結んで対抗できれば
秀吉も苦戦を強いられたかもしれない。
でもそういう状況はできてなく、秀吉はその後それも危惧して
早く家康を抹殺しておきたかったから、一気にかたをつける
攻め方をしようとしたのであろう。兵糧も完全に準備してあった。
でも自然災害が偶然にもそれを許さなかった。

一例であるが、歴史の真実は奥深くて、偶発要因が当たり前
のように後日語られるが、必然的なことはなにもなく
ただただ偶然の積み重ねの上に事が進み、人々の生業が
それにぶち当たり乍ら成り立っている。

今書いたことはわかっていることであるが、
歴史の中には何が起こるかわからない現実の集積が未だ
判明していない真実として埋もれている。
実にミステリアスなことだとすら感じてしまう。

しかし、ひとつ思うことがある。確かに偶然としか思えない
ことも実は天の神の見えざる手が働いているのではないか・・・
個々には偶然の寄せ集めにしかないものでもつなぎ合わせて
行くとひとつの意思がそうさせているのではないか?

夜が深まり始めるとつい他愛もないダークネスな世界に
頭が向かってしまう。

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