まいどっ。

 ちゃみでっす。

 このblogは、蒼辰の構成台本、ちゃみの語りでお送りする[読むラヂオ]です。

 テーマは[暇つぶしのお供]。

 お気軽にお付き合いくださいまし。

 

 八月でございますね。

 本日がおついたち。

 本年も後半に入ってるわけですが、なんせ暑いっすからね。

 なにごとも低空飛行を心がけているとっしょり蒼辰とちゃみでございます。

 なんせ生き延びることが最優先。

 過酷なんっすから、近頃の夏は。

 そういえば、今日の新聞だったかな?

 1960年代から70年代の初め頃までは、地球が冷却化するんじゃないかと、今とまったく反対の心配をしてたんだそうですね。

 氷河期ってゆうんですか?

 あれがまたきちゃうんじゃないか、って。

 文明以来、氷河期って経験してませんもんね。

 その当時は、立派な20世紀の文明人、もし氷河期になったらどう生き延びるか、真剣に心配していたようであります。

 けれども、科学の進歩のおかげというべきか、70年代の半ばから後半には、いや、地球は温暖化している、ってことがわかってきたのであります。

 やがて、文明の吐き出す二酸化炭素が、その温暖化の要因になっていること。つまりは、文明こそが地球温暖化の原因だということがはっきりしてきたわけでもあります。

 科学もね、発展するからこそ、それまでとは正反対の知見を示すこともあると、まぁ、そういうことなんでしょうか。

 そんなこんなの中、近頃、とっしょり蒼辰がね、なんか今って、50年代60年代ごろと似てねぇか、と言い出してるんでございますよ。

 どこが?

 ちょと聞いてみましょうか。

 どういうことなんですか?

 ん~と、今って、AI AIな時代なわけじゃないですか。

 アイアイじゃないっすよ、エーアイエーアイね。

 そう、コンピューターってゆうか、つまりは人口知能が、はや実用化される時代になってまいりました。

 AIが、やがて人間の仕事も奪ってゆく。

 AI時代に生き残る職業、消滅する職業なんて予測が、週刊誌を賑わせてたりもします。

 いつかAIが、人類の頭脳を超えて、人間を、文明を、支配してしまうんじゃないか、そんなこと言う人もいますよね。

 ふむ、確かにね。

 身近なとこでも、AIわかってないと、この先、生きていけないかのような不安が、漠然とあるようでございます。

 ま、一方ではさ、それこそZ世代とかは、いわばAIの申し子。

「おじさん、できないの? ちょっとスマホ貸してみ」

 てなもんですわな。

 俺ら、AI使いこなしってから。暗記? そんなんいつでもどこでも、スマホさえあればなんでもわかるのに、なんで暗記する必要あるの?

 なんちゃってね。

 いえ、そのことがどうこうとかじゃないんだよね、とっしょり蒼辰が言おうとしてるの。

 では、なんですか?

 かつて、それこそとっしょり蒼辰がまだまだうんとチビだった50年代60年代、今から振り返ると、レトロ・フューチャーの時代ね。

 懐かしき未来図。

 そう、その頃、科学は万能だと信じられていたんだね。

 原子力が全てのエネルギーを提供し、宇宙旅行が可能になり、空飛ぶ自動車が渋滞を解消し、全ての仕事はロボットが代行し、人間は働かずに好きなことして生きていける。

 そんな未来を描いちゃったのね。

 もちろん、影の部分もありました。

 原子力はすなわち核兵器の恐怖だもんね。

 第三次世界大戦が起こったら、人類文明は滅亡すると、真剣に恐れていました。

 科学が進歩すると、全ての栄養は錠剤で供給され、人間は錠剤飲むだけで生きていける、なんて、ユートピアかディストピアか、よくわかんない未来図もありました。

 あるいは、人類がマザーコンピューターに支配される、なんてSF漫画もあったよね。

 う~む。

 まぁ、確かにね。

 万能の科学、すなわちAIが、薔薇色の未来図を描くとともに、落ちこぼれ、科学に支配される恐怖も背中合わせにあると、そこはちょっと似てるかもね。

 でも、似てるなら、反省材料にもなるじゃん。

 その、レトロ・フューチャーの時代、どうなったんだっけ?

 ひとつ言えるのは、今の科学の基礎を作ったのは確かだと。

 例えば?

 子供のころ、TVの鉄腕アトムを見て、ロボットを作る夢を抱いて、科学者や技術者になった人々が、実際に二足歩行ロボットを作っちゃった。

 つまり、そのころの夢とともに育った人たちが、夢を実現しようと、今の科学の発展を築いていったんだと。

 かつて夢見た未来が、今、鼻開いてるわけだ。

 結構なことじゃないですか。

 そう言う意味じゃ、それこそAI申し子のZ世代が、次の未来を作るわけだもんね。

 そこは期待しましょ。

 けど、まだ、別の側面もある、と。

 なに?

 やがて70年代になると、科学万能に対するアンチテーゼが、カウンター・カルチャー世代によって語られ始めた、と。

 つまり?

 健康志向だったり、自然主義だったり、そういう考え方って、つまりは科学万能の対極にあった、人間主義的な流れだったと。

 はぁはぁ。

 要するに、反動が起きるって言いたいのね。

 今の、AI万能的なものの見方の時代の次には、その反動が必ずやってくるんじゃないか。

 ま、確かにそうかもね。

 なんでもAIに頼っちゃうと、人間、バカになるもんね。

 バカにはなりたくねぇって動きは、いずれ出てくるかもね。

 そういえばさ、それだけじゃなくって、今の時代って、なんかいろんなことが曲がり角に来てるよね。

 グローバリズムもそうでしょ。

 悪いことばかりでも、いいことばかりでもないけど、でもこの先どうすればいいか、どうなるほうがいいのか、誰もよくわかってないもんね。

 政治家もね、懐かしのあの頃に戻ろう的な人は世界中のあちこちにいるけど、これこそ新しい未来って示してくれる人、いないしね。

 不安なんだよね、みんな。

 不安だってゆうのは、この先がどうなるかが見えないってことでしょ。

 それつまり、なんかおっきな曲がり角にいるんだよね。

 道がゆるく曲がってるせいで、先が見えない。

 そんな感じかな。

 で、どうなの?

 とっしょり蒼辰的に、どう感じてるわけ?

 多分、きっと、こういう変化って、とってもとってもゆるやかで、20年、30年たったら、今の時代がどんなことだったのか、少しはわかってくるんだろう。

 はっきり変わったと感じるには、100年200年かかるんじゃないか、って?

 そんなにかかってたら、とっしょり蒼辰どころか、ちゃみだってこの世にいないじゃん。

 でも・・・。

 でも、人間って、そういうゆっくりした時の流れの中で、それでも少しでも、よりよい未来がやってくるように、自分なりに考えて行動すべきなんだろうな・・・。

 はぁ。

 ため息だね。

 でも、そうなのかもね。

 旅立つときに、これで良かったと思えるように。

 よりよい明日が、自分がいなくなっても続くのだと思えるように。

 それしきゃできないのかもね。

 ま、せいぜい頑張ろうぜ。

 先ずは・・このクソ暑い夏を前向きに乗り切ろう。

 てなわけで、本日はここまででっす。

 週が明けたら、8月の火曜雑学。

 今月は、夏っぽいあれこれの雑学を予定してまっす。

 例によって期待しないで待っててね。

 ほいでわまたっ。

 ちゃみでしたっ。