昨日の棚経は本堂での2軒を含めて6軒だったが、今日は8軒だった。

朝9時30分に伺ったのはご近所のお宅だったので、徒歩。昨日の台風関わる雨降りだったら、改良服で雪駄ではいくら近くてもきついが、今日は雨は降ってなかったので助かった。最後に伺った家もご近所だったので、徒歩で伺った。

それ以外の6軒は、職員の周さんの運転で廻った。

 

初盆は故人の四十九日以降初めて迎えるお盆なので、去年の7月に亡くなられた方(49日(忌)が去年のお盆が過ぎている方は今年のお盆が初盆になり、そういうお宅も伺った。初盆に伺う前に、1周忌法要をすでにしていた。49日忌がつい最近終わったばかりのお宅もあった。

昨日のブログで「棚経」の語源的謂れについて書いた。つまり盆棚の前でのお経なので棚経という。しかし、盆棚がない家も増えたという記事だった。

今日伺った家々は盆棚を作られていた家が半分以上だった。文字通り「棚経」になった。

  

仏壇の前での初盆回向でも、そばには胡瓜の馬や茄子の牛は置いてあった。

 

棚経が終わってから、妻と2人で我が家と妻の実家のお墓詣りをした。花屋さんから墓参用花を2対頼んだ。妻はその両親とその他叔母さんも含めて九州のお墓を整理して、何体ものお遺骨を九州から運んで当山墓所に納骨した。寺族である小川家のお墓もある。私が亡くなったら寺族の小川家の墓に納骨されるだろうが、妻が亡くなったら、どちらに入るのだろう?

じつの両親と一緒に入りたいだろうし、本人もそんな話をしている。結婚したら、男性はじつの親のお墓に入り、嫁いだ女性は夫の親と一緒で「何でなの!」と言っている。男とか女とかではなく、そこの家に入った者の行く末なのだろう。

旧家の家で、鴨居に故人の写真が飾られてある。その写真を見て「このお二人は、亡くなったご主人のご両親ですか?」「いえ、それは私の両親です。夫は私のうちに入ってくれました。」こういう場合は、女性がじつの両親と同じお墓に入り、男性は義理の両親と入るようになる。

長男や長女でなければ、次男三男がお墓を造ったらその家族の世代が初代になるのかも知れない。結婚をしない選択をしている方も多いし、結婚しても少子化なので、その家が何代も続く保証はない。個人墓である樹木葬や永代供養墓のようなお墓が出来てきた。海に撒くという散骨と言うのもある。多様性の時代、選択肢が多いのは良いが、肉体の象徴、強いては命の象徴でもあるお遺骨を軽んじないで欲しい。そして先祖や故人との繋がりを実感するのはお墓だと思う。今日も多くの方が墓参に来られたが、そんな風に遺された者がお参りして欲しい。

その意味ではお参りできない散骨はどうなのだろう。

一部散骨の裕次郎には、鶴見の総持寺にお参りできる大きなお墓があるそうだ。

お参りしてこそのお墓、先祖との、故人との繋がりを感じてこそのお墓。