安倍が辞任しようがしまいが、臨時代理で先送りしようが、続投だろうが、自公政権に変わりはなく、今の政治が大きく変わることもない。一方の野党に対しても、私は何も期待していない。文春の記事を全文転載したが、渡部恒三の残した言葉は重く、的を射ている。今後も離合集散を繰り返すことになるのは間違いなく、常に共産党、改憲、原発がネックになり続ける。これらの遺恨、因縁、嫌悪の情が融解し、融解せずとも大人の交渉、大人の結論になることは今後100年先もないだろう。つまり、本格的な政権交代、二大政党制などというお花畑は、日本では起きないと私は考えている。

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今後、報道記事のツイートやリンクは掲載しないので、気になる方は既にご自身がしている通り、新聞、ラジオ、ネット、テレビなどでご覧になるか、私の政治関連Twitterアカウントにアクセスされたし。

(Phoenix(@tim8121) 

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AM 10:41 2020年08月28日

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少なくとも今の団塊世代やその下の私らの世代すべてが死に絶え、団塊ジュニア世代の影響力すらも薄められ、30代以下の人間たちが政治的主導権を握るに至っても、この世代でさえ自公政権の支持率が高い。

 

例え新コロ騒動が終わっても、疫病、感染症との闘いは永遠で、気候問題、温暖化、中米覇権争いなど国際問題、人口減少や経済再建問題など、大きな障壁が次々と立ちはだかる中で、脆弱でガラクタ、ポンコツ、バカの集合体でしかない野党驚倒を支持する余地はない。

 

自公も似たようなもので、人材難、出涸らし揃いは野党以上だが、少なくとも支持団体や組織、バカ官僚の首根っことキンタマは握っている。この国の滅びへの道の緩和策程度は考えるだろうと、薄~~~~~~~~~~い期待を寄せる他あるまい。

 

昨日の記事に月星さんからコメントを頂いた。字数の関係もあり全文転載は避けたが、コメント一覧にて確認されたし。

 

というわけで、今日の夕刻の記者会見の興味も、完全に薄れた。

今日一日、不安定な天気ながら酷暑は続くらしい。

 

皆さん、お大事に。

 

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“無敗の男”渡部恒三氏の遺言 「なぜ野党は敗け続けるのか」を問うと……
週刊文春 2020年9月3日号
https://bunshun.jp/articles/-/39877

 

元衆院副議長の渡部恒三氏が8月23日、老衰のため逝去した。享年88。2012年の政界引退後は会津若松の自宅で歯科医の妻と二人暮らし。隠居した「平成の黄門さま」に秘話を伺うべく、何度も通ったことがある。例の会津訛りで飄々と来し方を語り、懐に印籠を忍ばせておくサービス精神は健在だった。

 

 1969年の衆院選で旧福島二区から初当選し、連続14回当選を誇った「無敗の男」。厚生相、自治相、通産相などを歴任した。

 

 早稲田大学雄弁会の先輩・竹下登氏に「国会議員は親の七光か、東大法学部卒の官僚でないとなれない」と言われ、氏同様、県議を経てから国政入りした。

 

 その竹下氏が総理になると真っ先に呼び出された。「官房長官だ」と直感したが、「国対委員長をやってくれ」。右腕となる筆頭副委員長を誰にするか、安倍晋太郎幹事長に相談すると「小泉純一郎で」。意中の人ではなかったが、一期後輩の小泉氏が想定外の活躍で党内の異論を封じ、消費税法案を通過させた。見直した渡部氏は小泉氏に「君はいずれ総理になるぞ」とお世辞を言ったがその通りに。後年、「最初に『小泉君は総理になる』と言ったのは俺だ」とよく自慢した。一昨年、地元で開いた200人規模の誕生会に小泉氏を招いた。小泉氏も意気に感じて片道3時間をものともせずに駆け付けた。

 

小泉純一郎元総理は、竹下政権時代に自民党国対筆頭副委員長として国対委員長だった渡部氏と二人三脚で可決させた消費税法案をめぐる政局劇を振り返った ©常井健一

 

一方、互いに「竹下派七奉行」と呼ばれ、自民党離党など政治行動を長らく共にした当選同期、小沢一郎氏との関係は、複雑だった。

「小沢君は思いどおりにならない俺を幹事長にしたくねえ」

 95年末、新進党で小沢氏が党首になると、渡部氏は幹事長が確実視されたが、

「小沢君は自分の思いどおりにならない俺を幹事長にしたくねえ。棚上げ、棚上げで、副議長に推したんだ」

 

 祭り上げられ、史上最長の2代7年も副議長を務めた。だが、09年に民主党政権ができると今度は衆院議長になれず、小沢氏主導で横路孝弘氏が指名された。

「マスコミも役所も、みんな俺が議長になると思ってた。俺はSPまで決めたんだ。ところが小沢君が一人、命がけで反対した」

 

「会津のケネディ」を自称したが、その実、我慢の多い政治家人生だった。

 

2018年5月19日、渡部氏の地元・福島県会津若松市の会津若松ワシントンホテルで開かれた86歳の誕生日パーティーにて、トレードマークの印籠をかざす ©常井健一

 

安倍一強と言われていた数年前、私がなぜ野党は敗け続けるのかを問うと、

 

結局人間だ。先輩を大事にして意見を聞くということがない。鳩山(由紀夫)にしても菅(直人)にしても、野田(佳彦)や前原(誠司)もそう。自分が高い地位に立つと先輩が邪魔になる。俺はエリートだ、という感じになっちゃうんだ

 

 野党合流を巡りすったもんだを繰り返す後輩たちに、この声は届くだろうか。

 

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