野党のガラクタ・ポンコツぶりが猛加速している。国民民主と立民の合流、分党、新党騒動だけではない。山本太郎とれいわ新選組からも、急速に支持離れが進んでいるのだ。こんなときでも政治ウォッチをしている方ならご存じの通り、数日前の太郎のYouTube動画がきっかけで、太郎の政治参加、参院選初出馬の頃から太郎に密着取材し、太郎にもっとも近いジャーナリストの一人として見守ってきた田中龍作との亀裂があり、昨日も一部ツイキャスで田中龍作を交えた配信があった。クソ面倒臭いし、私も近頃の太郎やれいわには関心がないので、ごくごく簡単に記しておく。

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今後、報道記事のツイートやリンクは掲載しないので、気になる方は既にご自身がしている通り、新聞、ラジオ、ネット、テレビなどでご覧になるか、私の政治関連Twitterアカウントにアクセスされたし。

(Phoenix(@tim8121) 

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AM 11:01 2020年08月14日

1,781日連続投稿

 


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きっかけになったのは、8月12日の「【れいわ地下2階B2サンデー】山本太郎代表への質問」というYouTube配信。この時の一部内容について、田中龍作がツイート。それに対して様々なリプが。以下に当該ツイートを貼っておくが、野次馬心としてもっと掘り下げたいという、相当暇な方は、リプを根こそぎ追いかけるといい。

まぁ、こんなことは今に始まったことではなく、与野党ともに離合集散を繰り返してきた歴史があるわけで、常に一般の有権者は無視され、各政党や議員、候補者の支持、支援者、支持団体や母体の顔色を伺いながらその時々形を成してきたわけなので、驚くには値しない。ではあるが、程度を超えると政治不信という強烈なブーメランとして選挙結果に直結することになる。

 

今の野党は、どこも共産党の自己犠牲による選挙区や候補者調整がなければ、選挙に勝てない。小沢一郎を筆頭に、そのことを骨の髄から理解している連中は立民と合流し、新党結成ということになる。一方、逆に骨の髄から共産党嫌いで憎しみの権化と化している連中は、玉木と共に残留、その後は自民に流れると考えるのが自然だ。

 

そのことをカードに枝野や福山に脅しをかけ、揺さぶりをかけられたのは、改憲をどうしても成し遂げたい、少なくとも発議までは漕ぎ着けたい安倍と自民党の目論見、つまりは数=議席数、特に参院のそれが微妙な力関係を生んでいるからに他ならない。

 

現在の参院は、与野党ともに一議席の出入りを賭けた攻防を続けている。立民や国民を離脱、自民に合流した議員がいれば、杏里の逮捕で相殺・・・、など目まぐるしい展開だ。そこに今回の分党、新党騒動だ。

 

与野党ともに、この動きに注目が集まり、」目が離せないだけでなく、水面下での駆け引きやブラフの飛ばし合いが激化している。太郎やれいわが、この騒動から遠い位置にいるかといえばそうではない。彼らもまた真っただ中にいるのだ。

 

にしても、私としてのスタンスは変わっていない。現状の延長戦上での野党内政局や離合集散が繰り返されると観ているので、共産党を軸にした投票になる。 太郎やれいわも、ゴタゴタ続きで、私から観て種々改善すべき点の修正等々がない限り、どちらへの支持、応援もしない。 

 

今の太郎からは、かつても輝きや素直さ、誠実さがまるで感じられず、輝きも失っている。ダークサイドに堕ちた感が強い。フォースにバランスをもたらす男と期待もしたが、アナキン同様、ダークサイドに囚われてしまっている。善の心が残っているなら、小沢一郎も騒動が収まった後に、太郎にも声をかけるだろう。

 

今日も酷暑は続く。

皆さん、お大事に。

 

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「感染は自業自得」「東京人はさっさと帰れ」

日本人はどうしてコロナで他人を攻撃するのか?
「文春オンライン」特集班
https://bunshun.jp/articles/-/39658
 

〈さっさと帰ってください!! 皆の迷惑になります〉

 お盆の帰省シーズンを前に、大都市のみならず地方都市でも新型コロナウイルスの感染が拡大。それにともなって地方では、感染者に対する強烈なバッシングだけでなく、東京から青森に帰省した男性の家に冒頭で紹介したような文面の手紙を投げ込む事態まで起きている。どうして日本では、こうしたコロナをめぐるバッシングが横行するのか。

 社会心理学者で、各国の新型コロナに対する意識を調査した、大阪大学人間科学研究科教授の三浦麻子氏に聞いた。

他国以上に「コロナは自業自得」と考える日本

 日本中で新型コロナウイルスの感染拡大が起こる中で、これまで感染が目立たなかった地域では「誰がウイルスを持ち込んだのか」と感染者をつるし上げるような事件が起こっています。 

 感染者への差別が広まれば、感染を隠そうとする人も増える。そうなれば無理をして重症化する人も出かねませんし、感染を隠すことでさらなる感染拡大を招くことも起こりうる。公衆衛生上の危機に発展しかねません。

 こうした社会の空気を裏付けるように、私たちが行った新型コロナウイルスに関する意識調査の国際比較でも、日本は特徴的な結果が出ています。

 私や慶應義塾大学の平石界教授、広島修道大学の中西大輔教授らの研究グループでは、今年3月から4月にかけて、日本、アメリカ、イギリス、中国、イタリアの5か国で、400人から500人規模の意識調査を行いました。

 

その結果、日本では「新型コロナウイルスに感染する人は、自業自得だと思う」という質問に対し、「そう思う」(「強くそう思う」「まあまあそう思う」「少しそう思う」の合計。以下同)と答えた人の割合が、11.5%と特に高かった。欧米3か国の割合は1%から2%ほど、中国も4.83%。「コロナは自業自得」と考える人が、日本は欧米に比べると約10ポイントも高かったのです。

 

日本で「そう思う」と答えた人の割合は、全体から見ればごくわずかなのですが、他国と比べると驚くほどはっきり高かったわけです。本当なのか、と考えた私たちは、7月から8月にかけて再度、日本、アメリカ、イギリスで今度は1000人から1200人規模の調査を行いました。春とは別の方々を対象にし、対象者数も増やし、日本では性別と年代を人口比に合わせました。

 するとやはり「感染は自業自得だと思うのか」という質問に、「そう思う」と答えた人の割合に大きな違いが現れました。アメリカで4.90%、イギリスで1.36%だったのに対し、日本では17.24%にのぼったのです。この傾向が明確なものであることが示唆されています。

未知への恐怖から生まれる「被害者叩き」

 そもそも、ウイルスへの感染は誰にでも起こりうるものです。また、症状が重くなれば身体への負担も大きい。感染者は紛れもなく「被害者」であるはずです。ところが、日本では他国よりも感染自体を「本人の責任」とみなし、「被害者叩き」とも呼べる意識が強く見られるのです。

 では、どうして日本ではこうした「被害者叩き」意識が他国よりも強いのでしょうか。いろいろな解釈がありえますが、まず考えられるのが、「不確実性の回避」という観点です。

 

感染予防のために“3密”を防ぐなど対策が呼びかけられていますが、依然として新型コロナウイルスは分からないことも多い。まして、これだけ感染経路不明の人が多い状況ですから、偶然感染しても何の不思議もありません。こうした「不確実」で予測できない状態には、怖さを感じて、どうにか回避したい、という心理が働きます。そして、「どうにか原因や予測を立てられないか」と考えてしまう。つまり「感染する理由」を探そうとするのです。日本人のこうした「不確実性の回避」傾向は、世界的に見てかなり高いことが知られています。

 

実際にはっきりと原因が分からなくても、何か“それらしい理由”を見つけ出して、「こんな無責任で悪いことをしたから、コロナにかかってしまったんだ」と思い込みたい。そうすることで、先の読めない不確実性に対応し、安心したい。そういった心理から「コロナにかかりそうな悪いことをしているやつには、鉄槌を下さないといけないんだ」とエスカレートして、バッシングに走ってしまう人がいるのかもしれません。

「日本特有の理由」はあるのか?

 そして日本では、「何か悪い目に遭ったのは、その人が悪い人物だからだ」と考える傾向も強く見られます。これを心理学では、「内在的公正推論」の強さといいます。

 アメリカでは、宗教への信仰心が強い人ほど、この傾向が強く見られます。興味深いことに、日本では宗教などにかかわらず、他国に比べてこの「内在的公正推論」が強い傾向が見られるのです。

 たとえば、日本では通り魔被害に遭った女性に対して、「そんな時間に外を出歩いているからだ」「そんな格好でうろついているからだ」と、被害に遭った原因を被害者に求める声がしばしば見られます。今回の感染者バッシングに対しても、これと同様に「コロナにかかったのは悪い人だからだ。そんな悪いやつには何をやってもいいんだ」という思いが生まれやすいのかもしれません。

 今回の調査では、人々の道徳観についても調査したのですが、日本は試験のカンニング行為などに対しても他国よりも批判的な意見をもつ人が多いことが明らかになっています。災害が多い国は、被災経験を重ねる中で規範が厳しい社会になりやすいことを示した研究もあります。日本は、国際的に見てかなり規範意識の高い国なのです。

 そんな強い規範意識をもっているために、辛抱強く感染予防行動を続けることができる人が多い一方で、「これだけ感染しないために色んなことを守れと言われているのに、感染したということは、感染者に問題があったんだ」と考える人も出てくるのかもしれません。

実は日本の「自粛警察」意識は低かった

 今回の調査で、日本人のコロナに対する意識について、もう一つ興味深い結果が出ています。

 それは、あれほど日本では「自粛警察」が話題になったにもかかわらず、国際的に見ると日本には、「非常時には政府の方針に他人が従っているかチェックしよう」という意識をもつ人が、かなり少なかったということです。

 

 春に日本中で出された「緊急事態宣言」では、自治体の自粛要請期間中に、営業自粛要請に応じないパチンコ店や飲食店をわざわざ探し出して市役所に通報したり、「店閉めろ」と脅迫文を貼ったりする「自粛警察」と呼ばれる動きに注目が集まりました。日本のいたるところで、そのような動きがあったように感じている人も多いでしょう。

 

ところが、意外な結果が出ました。私たちの今回の調査で、「非常時には、他の人たちが政府の方針に従っているか、一人ひとりが見張るべきである」という質問をしたところ、「そう思う」と答えた人の割合は、アメリカで60%以上、イギリスでは70%以上だったのに対し、日本では10%から20%程度でした。

 同時に、似たような「非常時には、他の人たちを政府の方針に従わせるために、個々人の判断で行動を起こして良い」という質問もしましたが、結果は同じ。春と夏の調査でも傾向に変化はありませんでした。

 

 英米では「政府の方針が決まっているなら、みんなでやらせるんだ」という“お節介”ともいえる意識が見られたのに対し、日本では「それはするべきでない」と、ある種はっきりとした線を引く人が多かった。国際的に見て日本はむしろ「反・自粛警察」意識をもつ人が多い国だといえるのです。

 では、どうして日本でも「自粛警察」が、あれほどあふれているように感じられたのでしょうか。

 一部の声の大きな人の意見は印象に残りますから、脅迫状が送られた事例などの極端な例に触れることで、そういう思いが強くなった可能性が考えられます。もっとも、大きな声を上げている人たちに、社会に害をなそうという思いはないでしょう。むしろ、人々に危険を伝えたいという善意から「よかれ」と思って、声を上げていると考える方が自然です。

 

強い危機感と善意があるからこそ、繰り返し強く主張することになりますし、受け取った側も批判はしにくくなる。それに加えて、そうした「声」がニュースなどで何度も報じられると、まるで世の中にそういう考えの人が実態以上にたくさんいるかのように見えてしまう。福島第一原発事故の風評被害においても、同じようなことが生じていたかも知れません。

「一部の人」に振り回されないために

「自粛警察」が実態以上に蔓延しているという考えが広まれば、東京から青森に帰省した男性が「さっさと帰ってください」という手紙を受け取った事態のような、「正義」を背景にした言葉の暴力を恐れながら生活することになってしまいます。

 

ここでご紹介した「自業自得」と「自粛警察」に関する調査結果は、他国との差異のパターンは対照的なものでしたが、いずれの場合も、全体から見るとごく少数しかもたないような意見でも、増幅されて社会全体の風潮であるかのような受け取られ方をすることがあるということを示しています。思い込みで作り上げられた社会によって、現実の私たちの命が脅かされるようなことがあってはなりません。

 パンデミックなどの有事に実際に直面した際の社会心理は、研究はおろか記録も少なく分からないことも多いので、ここで申し上げた結果に対する解釈は、推測の域を出るものではありません。私たちは今後も研究を継続し、さまざまな角度から検証していくつもりです。

 

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コロナで様変わりする日本社会「5つの予言」、秋以降は他人事ではない
2020.8.14 DIAMOND online
https://diamond.jp/articles/-/245385

コロナ禍によって、今何が、
なぜ起きているのか

 新型コロナに関する政府の対応について、「意図がよくわからない」という意見をよく耳にするようになりました。その典型が、コロナ禍でのお盆の帰省問題です。行政の対応が分かれて、東京都知事が「帰省はお控えいただきたい」と意見する一方で、安倍総理は記者からの質問に対して、国民のお盆の帰省自粛は特に求めませんでした。

 

 国民一人ひとりが判断せざるを得ず、結果として今年のお盆は帰省を自粛する人が多い一方で、例年のだいたい3分の1の人が帰省するといった状況で、国民の判断が分かれています。行政が自粛判断を差し控える中で、新型コロナは徐々に全国に広まりつつあります。そこで、政府の対応がとても無策に感じるという人が多いのです。

 

 なぜ、行政がこのようなちぐはぐな対応をしているのでしょうか。このことも含めて、コロナ禍によって、今何が、なぜ起きているのか、そしてこれから何が起きるのかを、我々は知っておく必要があります。私の近著『日本経済予言の書』をはじめ、これまでお伝えしてきた未来予測の話をもとに、お話ししたいと思います。

 

 これから年末にかけて日本の政治・経済面で起きることは、以下の「5つの予言」でまとめることができそうです。

 

【予言1】大半の人にとってコロナショックは、生死のリスク以上に経済のリスクが大きい。

【予言2】日本政府は国民に「外に出ろ」と言い、国民は「出たくない」と言うようになる。

【予言3】夏のコロナの死者数は有意に少ないが、11月から2月にかけて死者数は急増する。

【予言4】コロナの経済被害は、とりわけ特定業種に集中する。

【予言5】コロナによる構造改革で、企業の業績はむしろ向上するケースが出てくる。

 

 この順序で、今起きていることとこれから起きることを解説していきたいと思います。

【予言1】
大半の人にとってコロナショックは、
生死のリスク以上に経済のリスクが大きい

 この予言について、まずは大前提となる数字ですが、これまでの新型コロナの死者数は1060人(8月12日時点)です。後で述べるように、この死者数は今年の冬にはさらに増加するリスクが高いのですが、少なくとも今のところはこの程度の被害で収まっています。

 

 これはたくさんの方々の献身的な努力の賜物ですが、冷静に捉えるとこの数字は、猛暑だった2018年の熱中症の死者数(1581人)よりも小さいのです。同様に交通事故死は3000人となっており、インフルエンザは推定値ではありますが、年間1万人が関連死しているという数字があります。

 

「人命は何よりも尊い」と言いますが、だからといって「車は売るべきではない」「インフルエンザの流行中はリモートワークを」とは誰も言わない。これは自動車事故にしても熱中症にしてもインフルエンザにしても、それらのリスクと共生しなければいけないことを前提に、社会が回っているからです。

 

 新型コロナの問題は実はここにあって、新しい災厄であるがゆえに、例外的にこうした「割り切り」が、まだ世界全体でできていないのです。そのため行政は、責任を取りたくない気持ちが強く、新型コロナを一番リスクが高い指定伝染病に設定して、医療現場や社会への負担を高めてしまっています。

 

 本来、政治が取り組まなければいけないことは、新型コロナのリスクを社会の中でどのレベルに設定するかということなのですが、現政権はそこを巧みに議論せずに避けています。そのことにより、大半の国民は新型コロナによって、生死にかかわるリスクよりも経済的なリスクによる打撃を強く被っているわけです。これは多くの国民にとって、すでに起きていることです。

【予言2】
日本政府は国民に「外に出ろ」と言い、
国民は「出たくない」と言うようになる

 この予言は、私が5月9日に記事に記したものです。新型コロナが生死以上に経済へのリスクが大きいことがわかると、政府は(5月25日の)緊急事態宣言解除後は、手のひらを返したように国民に「外に出てお金を使ってくれ」と言うようになるだろうという、当時の予測です。

 

 この予言は、その通りに的中しました。「Go Toキャンペーン」の迷走から、冒頭で触れたコロナ帰省を自粛させないことまで、今の政府の対応をぴたりと言い当てています。

 

 そもそもGo Toキャンペーンの後に沖縄では感染爆発が起き、県の人口当たりの新規感染者数は東京の2.5倍に達し、現場では病床が不足するなど医療崩壊も起きています。それでも政府は国の問題としては捉えず、東京以外の道府県から沖縄への旅行客に対して半額補填を継続しています。

 

 なぜ政府は、このようなおかしなことをしているのでしょう。理由は2つあります。1つは、7月に起きた第二波ともいうべき再流行では重症化患者や死者が目に見えて少ないこと。そしてもう1つは、観光業界が壊滅的な打撃を受けている中で、国民の目が外に向いている今のビジネスチャンスは、10月で終わることがわかっているからです。

 

 国民からの批判を考えると、【予言1】で指摘したように、「重症患者が少ない新型コロナは、この夏においては生死の問題よりも経済問題として取り扱う」ということを、政府は口が裂けても言えません。しかし、やっている政策を見れば、コロナ問題をそのように扱っていることは明白です。そして国会を開かず、議論の余地をなくして現在の政策を続ける最大の理由は、次の【予言3】で述べるように、「おそらく秋になると、この状況が急変するから」です。

【予言3】
夏のコロナの死者数は有意に少ないが、
11月から2月にかけて死者数は急増する

 これは医学ではなく統計学的な分析からの予測です。今、世界のコロナの死者数が一番多いのはアメリカの16万人で、それに次ぐ第2位がブラジルの10万人となっています。ところがブラジルは、今年の4月までは新型コロナの死者数が非常に少なかったことが知られています。

 実際、4月15日時点で人口100万人あたりの死者数を比較すると、当時コロナが最も猛威をふるっていたイタリアでは350人でしたが、ブラジルは7人でした。当時ブラジルの死者が少なかった理由は、南半球のブラジルが夏だったからだと考えられています。

 

 しかし5月に入ると(日本の11月に相当)ブラジルでは100万人あたりの死者数が37人と増加し始め、8月(日本の2月に相当)には480人に到達し、世界第2位の死者数を出す段階まで来てしまったのです。

 

 あくまで医学的な根拠ではなく、統計分析からの推論ではありますが、今日本で重症化する新型コロナ感染者が少ない理由は、「ブラジルでも夏は少なかったのと同じ現象」といえる可能性があります。猛暑が長引けば、日本人にとって良い状況は10月くらいまで続くかもしれません。

 

 そうなると日本にとっての問題は、11月以降です。感染者数を比較すると、8月は4月のピークよりも1.5倍くらいに増加していて、政府の対策的にもその数字が減らない構造(つまり、外出自粛などを強制していない)となっています。秋までは、このような状況が広がっていくことが予想されます。

 

 そしてブラジルと同じように、日本でも秋に入り重症化率が高まるとしたらどうでしょう。今年の5月までの流行では1000人程度で収まった死者数が、この冬の流行では医療崩壊が起きなかったとしても、人口100万人あたり3ケタ、つまり1万人超に到達するリスクが控えているのです。

 

そうなると、再度の緊急事態宣言は避けられない。だからこそ政府は今、感染者数が増加していても、重症者が少なく病床に余裕があるという理由から、感染増をあえて問題視しない姿勢を見せているのです。

【予言4】
コロナの経済被害は、
とりわけ特定業種に集中する

 さて、ブラジルが10万人、アメリカが16万人といってもそれらの国々の人口を考えれば、無事に生きている人の数の方がはるかに大きい。もしも日本でそこまで感染が広まったとしても、やはり新型コロナの最大のリスクが経済災害であることには変わりはありません。

 

 自宅に籠ることが増えた消費者の買い控え現象から、現在の経済災害が始まっているのですが、秋口にもっとはっきりしてくるのが、耐久消費財や出費の大きなサービスに対する買い控えです。特に被害が大きいのは、自動車でしょう。

 

 その理由は、新型コロナで打撃を受ける自動車、耐久消費財、旅行、住宅といった業界は、すべて経済学で言うところの「所得弾力性」が高い業界だからです。不況で国民の収入が減ると、真っ先に節約されて売り上げが減る。これを「短期の所得弾力性が高い」というのですが、中でもとりわけこの数値が高いのが自動車です。実際、リーマンショック時にはトヨタ自動車の売り上げは5.8兆円も減少しました。

 

 トヨタはそれでも何とか持ちこたえるでしょうが、問題になるのは地方の旅館やホテル、家具店や工務店といった業種です。これらの業種は中小資本が多いため、経営が傾くと破綻に至るケースが多くなる。そしてそれが、地方銀行などの中小金融機関の経営を直撃します。新たな金融ショックが生まれる可能性も含めて、この冬の日本経済はまったく安心できないのです。

【予言5】
コロナによる構造改革で、
企業の業績はむしろ向上するケースが出てくる

 さて最後に、一見良いことに思えるものの、よく考えると背筋が寒くなるようなコロナの変化について予言しておきます。【予言4】で触れた苦しい業界とは逆に、新型コロナの影響で業績がむしろ良くなるといった企業も続出するのではないかといわれています。

 

これは、インフラ企業や生活必需品を扱う企業など、新型コロナで売り上げがそれほど減らない業種にその効果が集中する現象です。そうした企業がコロナ対応でリモートワークを余儀なくされているうちに、体質がスリム化して、構造改革が進む例が増えているのです。

 

 新型コロナがもたらした新しい日常では、それまで当たり前と思ってきた仕事の慣行が実は必要ないことがわかってきました。社内でも取引先でも、仕事上の根回しや儀礼的な行動を重んじる文化が薄れ、会議や直接訪問がなくなっています。

 

 職場では残業や出張が減るわけですが、その結果、当然のように人件費や旅費交通費といった経費も減っていきます。そして企業は、それらのメリットを実感するようになれば、従来ほどの数の社員が要らないことがわかるのです。

 

 つまり企業は、新型コロナのお陰で不要な人を切ることができる。生き残りのための経営改革を断行するという、大義名分が手に入るからです。

生活の根幹が崩れるリスクも
「自分事」として対処せよ

 企業にとって一番重要なことは、どのように経営前提が変わったとしても利益を生み出し続けることです。そうでなければ、資本主義社会では投資が起きず、経済も発展しません。よって、本質的にはすべての企業が利益を出すことに向けて、一斉に行動をとる。新型コロナで日本全体の経済需要が冷え込む中、体質のスリム化によるコスト減が対策として一番効果が高いのです。

 

 日本のあらゆる企業が、リモートワークとそれによるデジタルトランスフォーメーションの効果を実感する中で、人を雇う需要が減っていけば、行きつく先は「失業大国日本」という現実です。そんな怖い話が、見え隠れし始めたのです。

 

 さて、最後にひとこと申し上げておきます。予言というものは、「このままいけば高い確率でそうなりそうなこと」です。ですからここで取り上げた予言については、それを回避する道もあるはずです。これまで起きてきたことを理解するだけでなく、それをどうすれば変えられるのか――。

 

われわれ一人ひとりが「自分事」として、考えていかなくてはいけないのです。

 

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