前回の続きを書きたいところであるが、ちょっと気分(主観)が乗らないので、他の話題で。

 

 先日、フジテレビのプライムニュースを見ていて、フランスの知の巨人(と言われている)エマニュエルトッドが出演していたので、つい見てしまった。

 

 まあ、フランス人らしく、また学者らしく、もっともらしいことをタラタラと述べていたが、一箇所、日本と隣国(二つの半島国家)との関係に話が及んだ時、彼は、何気なくこういった。曰く、

 

「残虐な日本による植民地支配で....」

 

 この一言で、筆者はこのエマニュエルトッドという学者が、やっぱり上っ面の部類の人だということを再確認した。

 

 日本がしたのは植民地支配でないことは、ほんのすこーしでも調べればすぐにわかることである。日本が半島に対して行ったのは併合統治であって植民地統治ではない。これは、猫とパソコンほどの違いがある。塩ラーメンか醤油ラーメンかの違いかではない。客観的事実の話である。

 

 また、その併合統治の中で実際何が行われたを見れば、主観的に「残虐な」ことなど何一つないことはすぐにわかることである。知的に真摯的に調べればすぐにわかることではなく、朝鮮人のプロパガンダをそのまま受け入れて話しているところを見るだけで、この人が本物の学者か、単なる偽物学者かが一発でわかるわけである。

 

 公平のために言っておくが、これはフランス人学者だけではなく、日本人学者にもゴマンと見られる人々である。

 

 筆者は正直、意見(主観)の部分についてはあんまりとやかくは言わない。例えば、「安倍政権打倒!」と叫んでいる人たちを見るとぞっとするほどの嫌悪感を感じるが、それとても、主観は自由であることを考えればほっとけばいい話である。ただ、マイク片手に街角で騒がれると本当に憎悪すら感じるほど迷惑を感じるが。

 

 しかしながら、「事実(客観)」の部分については、これは決して看過しない。好き嫌いに関わらず、嘘をつかないことが、議論をする上ので大前提となるからだ。これを無視しては、まともな議論は絶対に成り立たない。

 

 「日本は朝鮮で食糧事情を大幅に改善することで半島では餓死という言葉が使われなくなるほど豊かになった」という事実に対して、私は、「素晴らしいね」という主観的意見を持つし、ある朝鮮人はひょっとしたら、「何人餓死しても良かったから腐敗しきっていた李氏朝鮮王朝が続いた方が全然良かった!」という主観的な意見を持つかもしれない。それはそれで、その人がそう思う以上はほっとくしかない話である。

 

 主観と客観を分ける必要があるのは、こうした状況をはっきりさせるためでもある。

 

 ちなみにであるが、偽物学者が跋扈するという意味では、さしずめ東京大学法学部の憲法学界などは、その最たる偽物ワンダーランドといえるであろう。もちろん、客観的に言ってである。

 

 今回もお読みいただき、ありがとうございます。

 

 初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。

 

 主観と客観

 客観についての補足

 外国人には思い遣りがガチでないという事実

 優しさ(主観的)と思いやり(客観的)

 二種類の「正しさ」

 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識

 

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