外国語が話せることで得られるメリットはいくつかあるし、主観的な話にはなるが、外国語で外国人と話をできるようになると世界が一気に広がって面白い。しかし、結局大事なのは「何語を話す」かではなく、「何を話すか」なので、別に外国語を話しても話す内容が空疎である場合は、その相手と話す意味はあまりないというのが、筆者のスタンスである。要するに、外国語で話すことが「素晴らしい」とか「すごい」と言っているわけではなく、何を話すかの方が筆者にとっては価値がある。

 

 そんな筆者の主観的価値観はどうでもいいとして、今回は外国語と日本語の性質の違いを簡単に考察してみたい。

 

 英語やフランス語、ドイツ語などをみていて思うのは、本当にこれらの言葉はコミュニケーションを円滑にするための言語なんだなぁということである。お互いにお互いの意思をしっかりと伝え、理解するために進化した言葉と言える。まさに、「はじめにロゴスありき」の世界である。

 

 方や日本語がどうかというと、この言語は本当に、「調和を重んじる言葉」である。英語などの外国語と違い、言語の持つ性質が、お互いに理解し合うことではなく、お互いに穏やかにいるためというものである。その場の和を保つために機能する言葉である。ゆえに、お互いの主張を張り合うための要素はない。日本語が動詞の活用で主格を特定できない言葉であるにも関わらず、主語を抜いて話をする傾向を持つのは、まさに、「わたし」という主格を明確にしたがらない日本文化そのものの性質を表していると言える。

 

 西欧語においては、常に、「わたし」を明確にし、自他の違いをしっかりと認識することが何よりも重要である。西欧語の会話においては、常に、自他の違い、優劣などを明確にし、競争を前提とした意識が求められる。

 

 ビジネスの場を考えると、ビジネスの持つ性質が競争である以上、西欧語の方が圧倒的に効率的である。日本の企業でも英語を社内での公用語としている企業がいて賛否両論であるが、筆者の意見では、コミュニケーションの円滑化を求めるのであれば、英語で話した方が圧倒的に意義はあると思う。日本語は、そもそも、ビジネスには不向きな言語である。

 

 こう言う言い方をすると誤解を受けるかもしれないが、日本語はまさに、神代の時代の性質を受け継ぐ調和の言葉であり、競い合いや争いと対称の言語であり、ビジネスの世界ではマイナスの効果の方が多いと言える。この部分は筆者の意見が入っているので、賛否は別れるところであろうが。

 

 徒然なるままに書いてみた。読者の方々はどのように感じられたか。

 

 今回もお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

 初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。

 

 主観と客観

 客観についての補足

 外国人には思い遣りがガチでないという事実

 優しさ(主観的)と思いやり(客観的)

 二種類の「正しさ」

 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識

 

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