先ほど、とあるフランス現地のニュースを見ていると、日本人女性でフランス在住の方が、日本の痴漢について告発する本を出版して取材を受けていた。

 

 この話から認識できる客観的事実は以下の通りである。

 

1). 日本では、電車の中で女性の体を触る性犯罪者が後をたたないこと。

 

2).慰安婦の問題で性倫理的に日本を糾弾したがる西欧人がこの問題を取り上げることで、「日本=性犯罪の国」である印象を確立できること

 

3).この日本人女性が実際に日本人かどうかが不明であること。

 

4).この日本人女性が被害者であるかどうかは別として、この女性がフランスで出版した理由として、「日本社会では痴漢の話はタブーで話すことができないので敢えてフランスで出版した」と語っていること。

 

5).実際、日本では痴漢を糾弾する動きもあり、4の話は客観的事実にそぐわないこと、日本でもこうした本を出版することは完全に可能であるにも関わらず、歪曲した事実をこの日本人女性(と思われる)がフランスで流していること。

 

6).日本では実際に、大陸から流れ込んでいる亜流文化、「儒教」によって男尊女子の風潮があり、そうした流れの中にパワハラも存在すること。

 

 筆者、常日頃から繰り返すように、日本文化に誇りを持っている。日本人であることが何よりも誇りである。そしてその根拠となる客観的事実は、日本文化の核をなすものが、「武士道」であり、「もののあわれ」であることである。

 

 しかし同時に、日本社会に寄生虫のように巣食っている大陸半島から入り込んでいる亜流の「儒教文化」が企業や学校という要所要所に深い深い闇を落とし込んでいることも、客観的に認識している。

 

 日本の企業で働いていると、まず目に入るのがこのパワハラであり、セクハラである。電車に乗れば痴漢の被害が後を絶たないのも、女性を見下し、性的対象としか見ていない男尊女卑の男性が日本には一定数いることも客観的事実である。

 事実、企業などでは、こうしたことを匂わせる発言を平気でする会社員が山のようにいる。

 

 皆、儒教に冒された人々である。

 

 この女性が祖国を憎み、嘘までついて(上記の5の部分を参照)フランスで祖国を誹謗する活動をするのは、日本社会の闇を端的に表している。

 

 痴漢などは間違いなく卑劣極まりない行為であるが、残念ながら日本で儒教文化に取り憑かれた人々は、女性を下とみなして電車などで卑劣極まりない行為を繰り返している。これもまた客観的事実である。

 

 筆者はこのニュースを見て、心底、この日本社会から、亜流として寄生虫として巣食っている儒教文化を、意識的に排除していくことが、パワハラやセクハラという日本の闇をなくすための根本的な解決方法だと感じた。

 

 年齢が上というだけで、組織の中で肩書きが上というだけで、男性だというだけで自分が優越していると感じている人は、間違いなく、儒教文化に冒されている。まずはその認識を広めることが、第一歩である。

 

 初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。

 

 主観と客観

 客観についての補足

 外国人には思い遣りがガチでないという事実

 優しさ(主観的)と思いやり(客観的)

 二種類の「正しさ」

 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識

 

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