平成29年7月25日、国会閉会中に開かれた予算委員会で、安倍総理、愛媛県元知事、売春宿に入り浸っていて文科省をクビになり、さらには安倍総理を厳しく批判している元文科省事務次官の前川氏などが全て集まって、また関係する官僚なども集まって加計学園の問題で徹底的に審議が行われ、その結果、安倍総理が忖度しただの何だのという話は完全に架空のデタラメであったことが客観的に証明された。

 

 しかし、NHKや朝日新聞、毎日新聞や民放各局はこの話を意図的に客観的に報道せず、つまりは国民にしっかり理解できるように報道せず、今回の衆議院選挙で意図的にこの問題をほじくり返し、「あたかも未だに疑惑が残っている」かのように報道を繰り返し、日本共産党や立憲民主党、及び社民党、希望の党などと協力しながら国民の間にデマを流し続けている。デマとはつまり、嘘のことである。

 

 この、客観的事実を意図的に隠し、あるいは歪曲し、あるいは捻じ曲げて印象操作をすることを総じて、「プロパガンダ」と呼ぶ。

 

 森友学園の問題はとうの昔に終了し、すでに問題は検察の手に渡っている。無論、安倍総理は個人的に何の関係もなかった話でそれも明白である。加計学園の忖度の問題も同様に安倍総理が何にも関係ない話で、通常の許認可にか関わる話であったことがすでに100%明白であることは、上記のとおりである。

 

 ところが、マスメディアは、今回の選挙の報道で、安倍政権に打撃を与えたいという「主観的な目的」のために、わざと意図的に、「客観的事実」を隠蔽したり歪曲して報道することで国民の印象を操作している。安倍総理を討論会や質問などでテレビの前に立たせた時は、必ずこの問題で追求する。すでに無罪がはっきりと証明されているにもかかわらず、その無罪を隠し、あたかも未だに問題が残っているように印象付けながらである。こういうマスメディアや野党の一連の行為のことを、「恥知らず」と、日本では呼ぶ。

 

 こういうことをするのが、儒教文化的精神なのである。本来の日本文化の源流である大和魂にはない精神構造である。

 

 目的のためなら手段を選ばず、事実を隠蔽したり歪曲したりして相手を潰すのは、まさにシナ大陸や朝鮮半島で日常的に見られる手法である。これはあくまでも客観的事実である。南京虐殺や慰安婦の強制連行の嘘のでっち上げを見れば明白な客観的事実である。

 

 日本の、マスメディア、小中高大の教職員、野党などにこういう輩が多いというのは、本当に戦後日本の特徴の一つである。 

 

 筆者がこのブログを通してなんども言っているのは、意見の違いは当然であるしそれはそれでお互いに尊重するべきであり、ましてや政治は主観的な事項ばかりの話なので意見が違うのは仕方ないが、だからこそここで守るべきルールは、客観的事実の尊重であるということである。嘘がまかり通るようでは、全ての意見が完全に空虚なものになるからである。嘘を根拠にした意見になんの意味があるであろうか。事実を根拠にした上で意見というものは形成されるのである。

 

 国民には常に客観的に事実を分析し観察する力が求められる。でなければやがて国が滅ぶであろう。

 

 今回もお読みいただき、ありがとうございます。

 

 初めての方は、このブログを通して貫く基本概念である主観と客観との違いについての説明をしている以下の記事をご覧ください。

 

 主観と客観

 客観についての補足

 外国人には思い遣りがガチでないという事実

 優しさ(主観的)と思いやり(客観的)

 二種類の「正しさ」

 日本の常識は世界の非常識、日本の非常識は世界の常識

 


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