歴代大統領選出に見る韓国政治史。


第一共和国
1(1948.5)李承晩
2(直1952.8)李
3(直1956.5)李
不正(直1960.3.15)李

第二共和国(馬山事件と四月革命)
4(1960.8.12)尹

第三共和国(5.16軍事クーデターにたいする国民投票による憲法改正)
5(直1963.10)朴正煕
6(直1967.5)朴
7(直1971.4)朴

第四共和国(維新クーデター)
8(1972.12)朴
9(1978.7)朴
10(1979.10)崔圭夏
11(1980.8)全斗煥

第五共和国(光州事件)
12(1981.2)全

第六共和国(六月民主抗争)
13(直1987.12)盧泰愚
14(直1992.12)金泳三
15(直1997.12)金大中
16(直2002.12)盧武鉉
17(直2007.12)李明博
18(直2012.12)朴槿恵





馬山事件(1960.3)と四月革命(1960.4)、維新クーデター(1972.10)、光州事件(1980.5)、六月民主抗争(1987.6)が、韓国における主な政変要因のようである。

維新クーデターでは、前年の金大中との接戦(世論分裂)や南北問題の危惧などから改憲に至り、大統領選出方法が直接選挙ではなくなりました。そして朴大統領の暗殺を機に選出された崔大統領でしたが強権軍部によって光州事件が引き起こされ、間もなくハナフェ・メンバー(嶺南出身の軍人が主)の全斗煥が大統領となりました。

維新クーデターの前年大統領選挙における金大中の善戦に日本で起きた金大中事件(1973.8)、それから金大中にまつわる光州事件と、政権批判の影響力を持つ人物として相当注意されていたのでしょう。

全大統領の次には盧泰愚が大統領に就任しましたが、彼もハナフェ・メンバーの一人で慶南出身の軍人でした。まだ直接選挙でなかった時に盧泰愚が候補となった際に広がった抗議デモが六月民主抗争でありまして、大統領直接選挙制と金大中の赦免復権による鎮静化がなされてから行われた大統領選挙(十六年ぶり直接選挙)のようです。

おおよそ光州事件では、朴正煕、全斗煥、盧泰愚らが嶺南出身軍人なのにたいして金大中が湖南出身であると言う、言わば韓国南部を中心とした慶尚道(嶺南)と全羅道(湖南)という地域主義同士の対立も関わっていたと考えられているようだ。


(第六共和国という現在に至るまでの政治史については省く)



出過ぎたこと書いちゃったら、「オフサイド!」って注意してね?