このように、ユダヤ民族は、霊肉を併せた信仰の対象を失った結果、第三次世界的カナン復帰路程は、第三次民族的カナン復帰路程と同じく、直接、実体の路程としては出発することができず、したがって、第二イスラエルであるキリスト教信徒たちが復活されたイエスを、再び信仰の対象として立てることをもって、まず、霊的路程として出発するようになったのである。
イエスが「この神殿(イエス)をこわしたら、わたしは三日のうちに、それを起すであろう」(ヨハネ二・19)と言われた理由は、ここにあったのである。
そうして二〇〇〇年間信仰を続けているうちに、あたかもヨシュアがモーセの使命を継承して、第三次民族的カナン復帰を完成したように、イエスは、再臨されることによって、初臨のときの使命を継承され、第三次世界的カナン復帰路程を、霊肉併せて完成されるようになるのである。
我々は、このような復帰摂理路程を見ても、イエスが、初臨のときと同じく、肉体をもって再臨されなければ、初臨のときに成就なさろうとされた復帰摂理の目的を受け継いで、完遂することができないということが分かってくるのである。
(原理講論 モーセとイエスを中心とする復帰摂理 P420~421より)
【千流的まとめ】
霊的に 復活された イエス様

にほんブログ村