昨夜は、明日からは“自由”という二文字は無いので、あれもやっておこう、これもやっておこうと思うためになかなか寝付けず、それに今後どうなって行くのかが心配で眠れず、徹夜同然の状態だった。

 

その為、目の調子も悪く今日はボールは見えないかも知れないと思いながらメテオドームに行った。

ローテ日だったが、時間帯がいつもより早かったこともあって、常連だけでなく、他の客も誰も来ていなくてシーンとしていた。

 

目の調子は良くないワ、静まりかえっているワで、有終の美を飾って昨日同様にホームランを打ちまくろうと思っていた気持ちが萎えてしまった。

 

それでも、“ホームランの打ち納になるかも知れないので、ここは気合を入れてかからねば”と思いながらの初球…

 

なんと、カスリもしない空振りをしてしまった。

 

前日までとは違ってアドレナリンがさっぱり湧いて来ない。

必死なつもりで打つのだが、なんだか集中しきれないまま半分ほど凡打の連続が続いた。

 

半ば過ぎた頃、ようやく一本の中段へのホームランが出た。

 

“ヨシこれで調子を取り戻せるゾ”と気持ちが上向いて来た。

が、やはり何か気合いが空回りしている感じが続いた。

そして、その一本のままで終わってしまった。

 

最終ゲームなのにひどい不完全燃焼のままだった。

 

“明日は何を言われるんだろう、どうなるんだろうか”、という不安が心の底にあった為だと思う。

 

最後の“ここ一番”だったのに集中力を絞り切れなかったのだ。

情けない。

悔しい限りだ。

実にもって残念無念の極みだ。

昨日若者達の前でホームランを打って喜ばれたのだったが、その後に私とホームラン対決をしたいという青年がやって来た。

 

しかし、ちょっと力仕事をするとまだ血尿が出る為に、本気で打つのは一ゲームしか打っていない状態なので、今日に延期してもらった。

 

それで今日約束の時間に行くと、待ちかねたらしくもう打っていたので、私もウオームアップの素振りを短めに切り上げて対決に入った。

 

昨日に引き続いてカンが冴えていて初球から芯でとらえることが出来ていて、勝利の予感がしていた。

 

すると半ばの頃、ややあおり気味にスイングした快心の一撃が上段に飛び込んだ。

そして次の球もライナー性のホームランとなった。

一時退院後の二度目の連続ホームランだ。

 

一つ離れた打席で同じ 120km/h を打っていた青年が、“参りましたーッ”と言ったのが聞こえた。

結局その後にもう一本大きなダメ押しのホームランが出て、昨日に引き続き三本のホームランだった。

 

今日はしばらく後に試しに、下腹部に余計な力が入らないように立ち打ちで、腕力だけで二ゲーム打ってみたが、血尿も血便も出た形跡はなかった。

もう90パーセントは大丈夫なようだ。

 

 

この六日間の思ってもみなかった好調さは、ひとえに病院の先生はじめ看護婦さん達が私の立場を理解して下さり、色々と配慮して下さったお陰なのだ。

 

何も大きな治療などが無かった二日間は、私のことを知っている看護婦さんが手の空いている同僚の人を連れて来てタブレットで私の動画などを見せたりして私のことを教えたり、栄養士の人達にまで伝えて下さったことで、糖尿病食で難しいところを精一杯考えて、他よりもご飯を多めにするなどで私の体力が落ちないようにして下さったのだ。

 

また、どんな時でも可能な限り続けている素振りを何らかの形でやりたかったので、握力鍛錬用具とゴムヒモで、

写真のような素振り用具を作って行ったのだが、コレの使用も、“絶対に音は立てないように”という条件のもとに、消灯後でも黙認して下さったのだった。

 

ゴムヒモのシッポをベッドの支柱にくくりつけて、ベッドに平行に立って左手を下側、右手を上側にして、バットを振るのと同じ動作をする。

ゴムヒモが伸びきる直前に左手の握力器をギュッと握りしめて、インパクトの瞬間を再現させるのだ。

 

我ながら超・名案の鍛錬用具だった。

 

ということで、今回の絶好調は病院の皆様方の大きなご配慮のもとに実現出来ているということだ。

 

本当に感謝のひとことだ。

いよいよ自由が出来るのは残り三日となった。

その僅か三日のうちの初日、メテオドームに出かけた。

 

ローテ日ではないので、顔見知りの常連たちとは会えないと思ったが、鹿児島のイチローファンの一人や二人は来合せるものと思って行った。

 

やはり居た。

私が 6 番打席に入るとすぐに後ろの金網に数人の若者達が群がった。

 

“ヨシ、一丁カッコいいところを見せてやろうか”と、ギンギンに気合が入った。

 

念入りに素振りを繰り返して、十分にウオームアップしてからの初球…

低めに来たのを体が反応してとらえてホームランゾーンの左側のフェンスを越えた。

 

“早エーッ、もうホームランッ”と一人が叫ぶと、“いや、今のは外れた”と一人が言っていた。

 

 

“いいところを見せよう”とすると、大体が肩に力が入って打てなくなることが多いのだが、今日はなんだかいい方へ力が作用しているように思えて、この打球で調子に載れた。

 

四球目を狙いすまして振りぬくと、これが高々と最上段のホームランになった。

“スッゲ、スッゲーッ”と言いながら、金網をバンバンと叩きながら喜んでいた。

 

中ごろにまた一本ライナー性のホームランが出た。

 

一人が“二本目、二本目”と言っていたが、もう一人が、“まさにヒーローだよなあ、いいよなあー”と言うのが聞こえた。

それを聞いて私もなんだかゾクゾクッとした。

 

周りが誰もホームランを打っていない中での二本だから、余計に目立ったことは確かだ。

 

終わり間近かにもう一本大きなのが出たら、三人とも拍手をしてくれた。

打席から出ると、“スッゲかっこいいです”、“スッゲかっこいいです”と言うので照れ臭かったが、軽く手をあげて応えると物凄く嬉しそうな顔をして喜んでくれた。

 

時々若者達に載せられて良く打てることがあるのだが、まさに今日も完全に彼らに載せられた三本のホームランだった。

 

 

入院前は七日で七本だったのだが、一時退院後は五日で十本となっている。

とても前立腺がんに怯えている病人とは思えない好調ぶりだ。

ダメになる前のあだ花なのか…

 

もう寿命も過ぎたし、どうせ死ぬのも近いことだろうから、つらい、苦しい治療などしたくないと思っていたのだが、私のホームランを喜んでくれる若者達の姿を見ると、治療を頑張って、もう一度 “奇跡の復活劇”を見せてやってもいいかな、という気になりかけた一日だった。