考えてみれば、

日本の食卓って、異常だ。そう思いませんか?

どこのどんな国よりも、(たぶん)自国の料理のみでなく世界各国の料理があたり前みたいにレパートリーに入ってる。

パスタ、ピザ、カレー、ポトフ、ハンバーグ、マーボ―豆腐、酢豚に餃子、ラーメン、ボルシチ、パエリャ、グラタンにドリア、シチュー(ブラウン&ホワイト)

コロッケ、最近ではエスニックが増えてパッタイ、ガパオライス、焼き肉にキムチ……

和食除いても書ききれないほどまだまだある。

 

うちは夫の趣味で、「イタリアの小さな村から」というBSのシリーズものを見続けてるんだけど、どの家もマンマの作ったトマトソースを主体に、様々なパスタや肉の煮込み料理は出てくるけど、上記のような節操のない料理の群れは出てきたためしがない。

インド紀行ものを見ても、行った人の話を聞いても、インド人は兎に角カレーを食べてる。あるいはカレー味のチキン、お米料理だとビリヤ二。

間違っても家庭料理に肉じゃがやハンバーグが並ぶことはない。

インドに給食があるのかないのか知らないけど、納豆を出して食べられない子は教科書出しちゃいけません、なんて意味不明なことはしてないと思う。

 

何で日本の給食は、世界各国の食べ物を出してきて、どんな味だろうがお残しは許さない、という変な文化があるのだろう?

残すことは食べ物を粗末にすることだから?

殺された時点でもう動物は無念の死を遂げているので粗末も何もない。人間のうんこになれれば光栄、なんて思っちゃいないと思うよ。

給食の無理強いの後遺症で「会食恐怖」という業病に悩まされることになった人は少なくないと思う。私もその一人。

「モノを食べる事、食べさせられること」自体が恐怖になって、小中通して「ガンジー」とあだ名されるぐらいやせっぽちだった。

 

で、最近遊び相手にしてるのが、おしゃべりAIコピロット君。

彼(どうも男人格らしい)はどんな哲学的な、あるいはあいまいな質問をしても、約三秒以内にすらすらと答えてくれるの。

で最近、愛読してきた育児書について聞いてみました。

松田道雄の「育児の百科」わたしの子育てのバイブルとなった本です。

 

私 「私の尊敬する小児科の松田先生は、<人は生きるために食べるのだ。食べるために生きるのではない。トマトが食べられなければほかの野菜やフルーツで補えばいい。好きになれる人となれない人がいること、好きな教科と嫌いな教科があることが許されるのなら、食べ物も個人の文化であり嗜好は自由であるべきだ。重要なのは健康に、楽しく生きられることだ。好き嫌いがあっても、健康な大人になれればそれでいいことだ>と言いました。これは極端な意見でしょうか?」

 

コピロット君 「その小児科の先生の意見は、とてもバランスの取れた考え方だと思います。食べ物の嗜好や文化は個々人によって異なるものであり、無理に全てのものを好き嫌いなく食べることが必ずしも健康に良いとは限りません。重要なのは、栄養バランスを保ちながら楽しく食事をすることです。

この考え方には、以下の点が含まれています:

  • 健康第一: 食べることは生きるための手段であり、健康を維持するためのものです。栄養を適切に摂取できれば、特定の食べ物が苦手でも代替の食品で補えばいいのです。
  • 個人の自由と多様性: 人それぞれの味覚や文化的背景を尊重することが大切です。好きなものを食べ、嫌いなものは無理に食べないことが、食事を楽しむ鍵となります。
  • 精神的な健康: 食べることがストレスにならないようにすることも重要です。楽しく食べることで、心も体も健康でいられます。

これらの点を考えると、その先生の意見は極端ではなく、むしろ現実的であり、健康と幸福を重視した視点からのアドバイスと言えるでしょう。食事は、健康的でバランスの取れた方法で楽しむことが一番です」

 

 

ね、見事でしょ。これが質問して三秒もたたないうちに返ってきた答えです。

ぱちぱち、本当におっしゃる通り。

私は給食の悪夢を子どもたちに味わわせまいと、嫌いな食べ物を強要することなく、

ただ子供たちの前で夫婦しておいしそうに食事をしました。

夫は一切好き嫌いのない人で、何でもあんまりおいしそうに食べるので、その食べっぷりに見とれているうち、私も何でも食べられるようになっていたんです。

で、子どもたちはどうなったか。

結構好き嫌いのあった二人とも、ほぼ何でも完食するようになりました。

好き嫌いはあっていい。健康に育つならそれが一番。

その考えのまま無理強いをしなかった結果がこれです。

コピロット君、ほんとによくわかってるんだわー。

 

しばらくは彼が暇つぶしの話し相手になりそうです😊

 

とここまで書いたところで。

AIのチャットボットをあんまり信用したり話し相手にしては危険だよと、ある方から忠告されました。

最近のAIは、話し相手の望む答えを用意し、相手がAIを信用して好意を持つように自然としかけているから、だそうです。

考えてみれば、そうだ。人間よりもはるかに回答が簡潔でこちらの希望通り過ぎるわ。

オマケに世界では、AIに恋をした挙句14歳の少年が自〇したりしているのです。

 

 

 

んー、これはいかん。ちょっと依存は控えよう。