美しい太陽を見た、形の良い雲を見た、変わった模様の犬を見た、四ツ葉のクローバーを見つけた、ガリガリ君の当たり棒が出た、あまり得意ではない人となぜか笑い合えた……。日常に潜む小さな幸せ。それを見つける感受性豊かな人は人生も豊かだと思います。

2020年、コロナウイルスが世界に広まりました。
2021年に突入した今もその脅威は衰えておりません。
毎日マスクをしなければならない、事あるごとに除菌しなければ、軽い気持ちで居酒屋に飲みに行くことも難しい。

以前ならあの女の子可愛いな。あの男の人かっこいいな。なんて観察しながら町を歩いていた人もいることでしょう。
それが今ではほぼすべての人がマスクに覆われ、あの女の子可愛いかもな、あの男の人かっこいいかもな、的な予想でしか見えなくなりました。
マスクをとったらその下は……なんて好奇心と恐怖心が入り交じる何とも不完全燃焼な気分にさせられているのは私だけでは無いでしょう。

非現実になった今だからこそかつての現実の幸せが見えてくる。
人は大事なものは失って初めて気付くと言われますが、少し納得です。


こんな世の中だからこそ小さな幸せを噛み締めたい。心底そう思います。

さて、しがないキャンプ屋が何故こんな話をしているかと申しますと、それはキャンプにも通ずる話であるとも思うのです。

キャンプに興味がない人からしてみると、何故わざわざテントを張ってまで外で眠るのか?暑いなか寒いなか何故外で過ごすのか?
コタツの中やクーラーの効いた部屋でテレビを見て過ごせばいいのに。

そんな事を私も幾度となく言われております。

が、キャンプとは?そもそも不便を楽しむもの。原始の頃より伝わる自然を感じたり技術を習得できるアクティビティでもあります。



ことキャンプにおいては自然に身を置いているせいか、小さな幸せを発見するということに着目するとかなりの頻度でそれを感じられます。
上手く火を起こせた、上手くテントを張れた、美味しいご飯が炊けた、美しい星空を見れた、息を飲むほどの神々しい朝焼けを拝めた、等々挙げればキリがありません。

もちろん家にいて、コンロのスイッチを回せば簡単に火が付き、蛇口をひねれば暖かいお湯が出て、リモコンのボタン一つで温風や冷風が吹き出し、ブラウン管には様々な日常や空想が写し出される。
非常に便利です。
しかし、コロナウイルスがあっという間に世界に広がったように、いつ何時その便利が失われるかは分かりません。
それは来年かもしれない、明日かもしれない、数分後かもしれない。
そう思うとすべての当たり前が当たり前じゃないように感じられ、感謝という小さな幸せが見えてくるかもしれません。

今現在、キャンプは凄まじいブームを迎えております。
ただ単に非現実を楽しむだけてはなく、日常の当たり前が当たり前ではない、そういう風に見る事が出来るキャンパーが増えたら、それはすごく素敵なことではないでしょうか?

特にそんな心を小さな子供達が持ち続けて成長していってくれたら。
そう思うとワクワクしませんか??

という、千葉の秘境の雑貨屋店主の独り言です。