ロシア大好き
  • 06Aug
    • フェドセーエフさんの誕生日

      8月5日はフェドセーエフさんの88歳の誕生日でした。5月のコンサートはチケットがあったけれども、コロナで聴きに行けませんでしたが、楽団員もフェドセーエフさんも皆さんお元気そうで安心しました。もう一度、フェドセーエフさん指揮で、このオーケストラでスヴィリードフの曲を聴きたいです。

  • 05Aug
    • 朝活

      9月1日までリモートワーク中の夫。リモートワークになり、夫は9時に起きるようになった。始めの頃は、私も9時に起きていたが、ロシアの日の出は早く、自然と目が開くようになった。それで、いつだったか、自然に起きた時に起きて、夫が起きてくるまでの間に、やりたいことを台所でするようになった。朝は、頭がすっきりしているし、特に涼しいし、やることがはかどる。ピアノなどの音が出るものだけを残して、夫が起きてくるまでにたいてい終わっていることが多い。朝から、いろいろ終わっていると、一日をゆったりとした気分で過ごせる。

  • 04Aug
    • 有効期限は5年間

      義母の誕生日が近づいたある日、仕事から帰ってきた義母は大騒ぎをしていた。なんでも会社の4階のドアが壊されていて、泥棒が入ったのか、警察が入ったのか分からないがひどい状態だったと。結局、何があったのか分からず・・・その話を聞いてしばらくした後、役所はどこにあるかと夫に訊いていた。役所って、私でも知っているあの役所のことかな?と思いつつ、夫の説明を聞いていると、やはり私たちが何度も行った役所だった。私は行き方も分かるが、義母はあまり用事がないようで、夫に地下鉄で行くのか、バスで行くのか、何両目に乗るといいのか、何番のバスに乗るといいのかを訊いていた。実は、この場所は地下鉄やバスで行くよりも歩いて行った方が速いのだが、義母は30分も歩かないだろうということで黙っていた。義母は、地下鉄で役所へ行き、無事に手続きを終えたようだ。何の手続きに行ったのかというと、有効期限が切れるから、新しいカードを作りに行った。義母は年金受給者である。そのため、無料で地下鉄とバスに乗れる。そのカードの有効期限が5年間で切れるようで、それで今回役所に行ったということが分かった。夫も5年で有効期限が切れるというのを知らなかったらしい。

  • 03Aug
    • ソローキンの見た桜

      8月4日(火)の未明に、日露合作映画の「ソローキンの見た桜」がwowowで放送されるようです。WOWOWオンラインwww.wowow.co.jp

  • 02Aug
    • ロシアのリフォームと料理の番組

      日本の「ビフォーアフター」みたいな番組かな?Все видео. Дорогая переДача. Первый каналОдиннадцать лет программа «Фазенда» преображала дачи иприусадебные участки ближнего идальнего Подмосковья. Этой осенью продюсер иидейный вдохновитель проекта Мария Шахова поняла…www.1tv.ru家のリフォームするという番組。スポンサーの宣伝も毎回入るし、テレビだから、かなり作られた気がするが、アイディアとか参考になる部分もある。日本だと地震もあるし、気候も違うしそのままできない部分もあるが、夢の時間になる。リフォームだけでなく、2分間の料理番組もある。

  • 01Aug
    • 役所が閉まっているから

      私のВНЖの住所登録も役所が閉まっているため、その後全く進んでいないのだが、遺産相続の手続きもすすんでいないことが分かった。というのは、夫の知り合いで結婚式に参加した夫婦が先週我が家に来た。なんでも自宅のスキャンが壊れてしまったらしく、書類を印刷できなくて困っていたようだ。それで、我が家でスキャンしたのだが、3月に亡くなり、手続きをしようとしているうちに、非労働期間が始まり、それがどんどん延長され、手続きが進まなかったようだ。遺産相続をするのに、苗字が違うため、いろんな書類が必要になりそれでスキャンも多かったのだが、ソビエト生まれの人の遺産なので、ぼろぼろになっている出生証明書をスキャンしていた。ある意味、博物館物のかなり年季の入った証明書だった。ロシア人は当たり前に出生証明書を持っているが、私のように外国人の場合の手続きはどうなるのかなあとちょっと思った。すぐ必要でないし、その時にはまた変わっているかもしれないから調べないが、国際結婚をして、異国で亡くなる場合はどうなるのか気になった。

  • 31Jul
    • 偉大な北の道

      「偉大な北の道」というドキュメンタリー映画を見た。«Великий Северный путь». Документальный фильмПутешественник, этнограф Леонид Круглов вместе сосвоей командой преодолел 10 тысяч километров, пройдя полегендарному маршруту Семена Дежнева, великого русского исследователя Севе…www.1tv.ruこれもロシア!これぞロシア!とてもではないが実際に行くのは大変な地域だから、 興味深い映像だった。映像がきれいで、カメラはソニーを使ったようだ。途中早送りできない長いCMが数回入るのだけが嫌だった。1時間30分の番組。

  • 30Jul
    • 罰金

      モスクワ地下鉄に乗るときは、マスクと手袋を着用しないといけないのだが、それを守っていない人が多い。それで、モスクワ地下鉄でマスクと手袋をしていない人は、5000ルーブルの罰金になる。В московском метро начали проводить масочные рейдыВ московском метро начали проводить масочные рейды. Об этом во вторник, 28 июля, сообщили в пресс-службе столичного управления МВД России, передает издание «Подъем»moslenta.ru我が家で唯一毎日地下鉄を利用している義母の話によると、マスクと手袋を持っていない人は罰金になっていて、持っている人は「つけてください」と言われるだけだったらしい。まあ、担当者によって言うことが違うロシアだから、マスクや手袋をしていないと、罰金になると思っていたほうが無難である。

  • 29Jul
    • スーパーのキャンペーン

      近所のスーパーで恒例のキャンペーンが行われている。数か月ごとに品物が変わるが年中やっている気がする。300ルーブル買い物をすると、1枚シールがもらえて、10枚とか15枚とか集めると半額で品物が買えるというもの。日本だと、きっちり正しくシールを渡されるが、ロシアの場合は、600ルーブル超えていなくてもシールを2枚渡されることもある。たぶん、お店ごとに売り上げのノルマがあるから、少しサービスでシールを渡したとしても、品物を購入してくれた方がいいから、このようにおまけでシールを渡してくれるのだと思う。今回は、バスタオルを目当てでシールを貯めていて、案外シールが貯まったため、夫、私、義父母と4枚のバスタオルを半額で買うことができた。さらに、夫は毛布みたいなものも欲しいと言い出した。バスタオルはシール10枚で半額になるが、毛布はシール15枚で半額になる。ちょうど10枚しかシールがなかったから、半額で買えないねえと思いつつ、夫がスーパーへ行くと、なんと半額で買えたそうだ。???どういうこと?と思って訊くと、顔を覚えてもらったから、10枚だけれども、毛布を半額で買え、さらに、バスタオルも半額で買えたらしい。シールの意味やシールをもらうほどの買い物の意味はある?と思ってしまった。それにしても、顔見知りになるといいことがあるのがロシアだ。

  • 28Jul
    • 今頃ですか?

      次のニュースを読んで、「今頃ですか?」と思った。https://news.yahoo.co.jp/articles/18a1718efe243e17528debd83c337ebb3b85e271コロナ回復者の血漿、「備蓄して治療目的で使用」 - 国立国際医療研究センターが臨床研究の参加者募集(医療介護CBニュース) - Yahoo!ニュース 国立国際医療研究センター国際感染症センターで、新型コロナウイルスに関する臨床研究の参加者を募集している。新型コロナウイルス感染症から回復した人(20-69歳)が対象で、抗体を測定したり、血漿を採取news.yahoo.co.jpなぜなら、ロシアはとっくにこの方法を使っていたからだ。なんか、Go To キャンペーンとかやる前に、こういうことを先にしないのかなあと思ってしまった。「ロシアの1日の感染者は連日1万人越えで歯止めがかかっていない。プーチン政権が崩壊する危機だ。」と5月の頃に日本のマスコミがさんざん騒いでいたが、そのころ、すでにロシアは血漿を利用していた。回復者が600ml(ロシア人の体は大きいため、600ml)献血すると、5000ルーブルもらえる。5000ルーブルと言えば、現在はルーブル安で15000円ほどだが、平均月収の約6分の1なので、かなりの大金。それがもらえるのなら、回復して元気な人はどんどん献血をする。その血漿を使って、次の患者も助かる。病院側も治療ができるから助かる。600mlは多すぎてできない人でも、250mlなど少しの献血でもいい。その場合もいくらかお金がもらえる。そのようにして、回復者をどんどん増やしていった。こうすると、ロシアはコロナになったからと周りから責められることもないし、なった人も回復したら貢献できるし、お金ももらえるしと、すべてにとってよかったと思う。また、現在はワクチンの治験も終わった。世界で1番早くワクチンの治験が終わったのだが、このニュースは、日本のマスコミは取り上げなかった。それから、間もなく、アメリカとイギリスとカナダがロシアがワクチンの情報を盗むためにハッカー攻撃をしていると日本で報道されていた。治験が終わっていて、ハッカー攻撃をする意味がない時期に日本で流れたニュースも唖然とした。ソビエト時代は、ワクチンが優れていて、小児麻痺のワクチンを日本人がソビエトにもらいに行った実話もある。現在、ロシアの新規感染者はどんどん減っている。そして、国内旅行もできるし、人々が普通に外出するから、国内の経済はそこそこ回り始めている。ヨーロッパはロシアからの入国を許可していない現在は、旅行に行きたい人は、どんどん国内旅行に行き、そこでお金を落とすと、ロシア経済は回ると思う。特に、富裕層には、国内旅行にどんどん出かけてもらいたい。庶民にはそんな余裕はない。抗体検査もモスクワ市内は無料でできる。モスクワ市内の6割は抗体をもっているらしい。5月のはじめはどうなるかと思ったロシアだが、ある意味何とかなっている気がする。

  • 27Jul
    • 海軍パレード

      7月最後の日曜日は海軍の日。ペテルブルクで行われたパレードを初めて見ました。ペテルブルクの町並み、船、潜水艦、飛行機、プーチンに興味がある方はどうぞ。1時間20分くらいの番組です。https://www.1tv.ru/shows/den-voenno-morskogo-flota/torzhestvennyy-parad/torzhestvennyy-parad-ko-dnyu-voenno-morskogo-flota-rf-2020-polnaya-versiyaТоржественный парад коДню Военно-морского флота РФ2020. Полная версияВглавном военно-морском параде вСанкт-Петербурге участвуют самые крупные имощные корабли Северного, Тихоокеанского, Балтийского иЧерноморского флотов.www.1tv.ru座席に座っている人たちは軍関係者で招待された人たちなので、一般人は、朝早くから場所取りをしてみることになると思います。ネヴァ川沿いで見ている人たちがたくさんいました。

  • 26Jul
    • ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番 Op.53

      最近、ベートーヴェンについて話をする機会があり、いろいろ情報を教えてもらっていた。話をしているうちに、久しぶりにベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番を弾きたくなった。6月から真面目にハノンを弾いていて、指がそこそこ動くようになってきているから、ちょっと弾くのが楽しみだった。私が弾いたのは、第1楽章でなく、最終楽章。この曲は、大学の2学年上の先輩が卒業試験で弾きたがった曲。先輩は先生に弾きたいと言ったのだが、シューマンの幻想曲を先生から渡されて、シューマンを弾いた。私はその時に、最終楽章を知った。第1楽章は、高校1年の時に知った。高校の2つ上の先輩が芸大のピアノ科を受けるということで、受験リハーサルを兼ねて、音楽の授業の時に演奏してくれた。第1楽章もいいが、私は最終楽章の方が好き。私も卒業試験で最終楽章を弾きたいなあと思いつつ、いつも先生から渡される曲はだいたい自分が弾きたいと思っている曲が多く、気に入ることも多かったから、2学年上の先輩のように、この曲を弾きたいとは言わなかった。それで、渡されたのがプロコフィエフのピアノ・ソナタだった。ロシア好きの道へ踏み入れてしまったのだが、あの時、別の曲を渡されていたら、ロシアとは全く無関係の人生になったかなあと思うときもある。大学の卒業試験でベートーヴェンを弾くことはなかったが、院で研究する曲として、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番を選んだ。論文を読みまくる日々が続いたが、ある論文にフランスでは最終楽章を「アウロラ」と呼んでいるという論文があった。アウロラとは、ローマ神話で夜明け前の女神のことである。暁や夜明けという意味があり、最終楽章にその名がついているというようなことが書いてある論文だった。去年のチャイコフスキーコンクールの予選で、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番を弾く人が多かったが、ロシア語のプログラムでも日本でよく知られている「ヴァルトシュタイン」という副題を書くのではなく、「アウロラ」と書いてあった。ロシア帝国時代に貴族が食べていたロシア料理はフランスから入ってきているし、トルストイの「戦争と平和」は、貴族の会話になるとほとんどフランス語で書いてあるしと、フランスからロシアに入ってきた文化は多い。ベートーヴェンのピアノ・ソナタの題名も、フランスの影響を受けている。そんなベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番の最終楽章を弾いてみた。毎日スヴィリードフの曲ばかり弾いていたので、ベートーヴェンのピアノは新鮮。和声も新鮮。そして、院時代には感じることがなかったが、ベートーヴェンの音楽はなんと美しいのだろうと思った。この曲は遺書を書いた後に作曲されていて、絶望した後の曲である。つまり、すでに耳が聞こえない中での作曲である。こんなに美しい音楽だったのかと、再認識したのだ。2020年はベートーヴェン生誕250周年の記念の年。コロナがなければ、世界中からベートーヴェンゆかりの地を訪れる人がいたと思う。せめて、家にいて、演奏を楽しみたい。

  • 25Jul
    • 国際楽譜ライブラリープロジェクト

      今日はロシアと全く関係ない話。皆さん、ご存じかもしれないけれども、私は、今日、国際楽譜ライブラリープロジェクトというページを見つけた。国際楽譜ライブラリープロジェクトのページはこちらから院でエディション研究をしていた私は、当時の楽譜屋さんがびっくりするほど、楽譜を買いまくった。それが、今では、このサイトを利用すると無料で手に入るらしい。なんという世の中になったのだと思う。便利でいいのだが、あの時、苦学生で、奨学金(という名の借金)とバイト代で生活費や授業料をすべて払った私からすると、なんとも複雑だ。そして、私が欲しい楽譜の作曲家は、このライブラリに入っていなかった。

  • 24Jul
    • ロシア生活でも大丈夫なわけ

      私がロシア生活でも大丈夫なわけはいろいろあるが、その一つは、夫がしっかりした仕事についていたから。もともと夫の人生が順風満帆だったわけではない。夫は、ソビエト崩壊を経験し、その後、食事にも困る生活もしていた。仕事もいくつも掛け持ちした時期もあった。それでも、現在は、安定した仕事についている。私がモスクワに住み始めた当初は、義母と夫と義妹家族4人との同居だった。1か月もすれば、義妹に3人目が生まれ、3部屋で8人が生活していた。初めてのロシア生活で、義母と義妹家族と一緒というのは、ロシア人気質を知るのに非常に良かった。ロシア人の生活にどっぷりつかることができた。毎日老若男女のロシア人と接していると、外に出て出会うロシア人のことも理解しやすい。さらに、夫の家族は、日本に対する悪い印象がなく、ソビエト時代の頃から日本へ興味をもっている人たちばかりだった。去年の9月に義妹家族が引っ越して、現在義母と夫との3人暮らし。

  • 23Jul
    • シンクロニシティー

      先週から、付き合う人のタイプが変わった。コロナがあったからこそ、この人たちに出会えたのだが、この人たちが皆さんすごい人ばかりで、刺激を受けた。そうしたら、不思議と私の周りにもプラスの効果があちこち集まってくるようになった。

  • 22Jul
    • モスクワオリンピックのマスコット「ミーシャ」の画家の画像

      モスクワオリンピックのマスコット「ミーシャ」の画家

      7月19日は、モスクワオリンピックの開会式からちょうど40年だった。その翌日の7月20日に、モスクワオリンピックのマスコット「ミーシャ」を描いた画家が亡くなった。https://www.kp.ru/daily/27159.3/4256490/?utm_source=yxnews&utm_medium=desktop&utm_referrer=https%3A%2F%2Fyandex.ru%2Fnews今は、信じられない。なぜなら、私は7か月前に画家のヴィクトールさんに会っていたからだ。7か月前は、お元気でスピーチもしていた。ご冥福をお祈り申し上げます。

  • 21Jul
    • ビーツの画像

      ビーツ

      ウクライナ発祥のボルシチ。ロシアはビーツが安いので、たくさん入れることができ、このようなあざやかなピンク色になります。最近知ったのですが、スリランカでもビーツが採れるようです。私からすると、「あんなに暑いところでビーツが採れるの?」と思いますが、スリランカの人からすると、「あんなに寒いところでビーツが採れるの?」と思うようです。そして、スリランカには、ビーツのカレーがあるようです。

  • 20Jul
    • ロシアに住むまでに何度も旅行でロシアを訪れた

      私がロシア生活でも大丈夫なわけはいくつかあるが、その一つは住むまでに何度もロシア旅行へ行ったから。初めて行こうとしたときは、成田空港までスーツケースをガラガラ運んで行ったのに、モスクワ大停電で飛行機が飛ばずに、引き返した。この衝撃を超えるトラブルはいまだにあっていないと思えるほどの出来事だった。これがあったおかげで、その後のロシア旅行で何かトラブルがあっても、「初めての体験を超えるほどではない。」と思えるようになった。私にとってのロシアの許容範囲は初めから広くなったのだ。その後は、毎回飛行機が飛んだ。時々2時間遅れとかもあったが、飛ぶだけましと思うのである。それで、住むまで11回ロシア旅行に行った。11回行くうちに住んだ場合どこで仕事ができるかなど、時々下見をすることもあった。また、ホテルだけでなくロシア人の家にあがる機会もあり、一般のロシア人の生活を旅行中に見ることができたのも良かった。ロシアでの生活のイメージを十分すぎるほどつかめたため、実際に生活してからも、いろいろ想定内である。

  • 19Jul
    • 灯台下暗し

      高校の時の音楽の先生がやたらとソビエトのピアニストに詳しかった。なんとソビエトのピアニストのレッスンを受けていたそうな。

  • 18Jul
    • チェーホフ全集を読んだから

      私がロシア生活でも大丈夫なわけはいろいろあるが、その1つは、チェーホフ全集をすべて読んだから。2012年にチェーホフの講座があり、それまでは1つも読んだことがなかった。村上春樹さんの「1Q84」の中に、チェーホフの「サハリン島」の一部が抜粋されていたのを少し読んだだけで、トルストイやドストエフスキーのように読んでいなかった。その講座に向けて、1冊も読まないまま受講するのはもったいないと思い、図書館で全集を借りて、1巻から順番に読み進めて行った。講座までにすべてを読み切ることはできなかったが、500近い作品を読んだ。講座終了後も、チェーホフ全集を読み続け、2014年にはすべて読み終わった。チェーホフの話の中で好きなのが、「サハリン島」「すぐり」「ワーニカ」。チェーホフの話は、ハッピーエンドで終わることはほとんどない。どうしてこんな結末になるのかといつも思う。だからこそ、私の生活の方がましと思えることが多く、ロシア生活で困難なことがあっても、チェーホフの話と比べて前向きでいられる。「サハリン島」を執筆する前に、チェーホフは結核と分かっていた。それでも、シベリアを馬車で移動し、当時は流刑地となっていたサハリン島へ行く。そして、緻密に取材をし、「サハリン島」を書きあげた。チェーホフは作家でもあったが、医者だった。サハリン島で見つけた「蕗」を持ち帰り、モスクワ市から南へ行ったチェーホフ市にある手紙の博物館に「蕗」が植えられている。結核と分かっていながら、険しい道を選んだチェーホフ。日本で安定した職についていた私が、退職しロシアへ嫁いだのと似ている。私も、チェーホフと同じように、険しい道を選ぶ傾向にあるようだ。そのため、ロシアで困難にぶつかったときは、チェーホフの話やチェーホフの生き方を思い出すようにしている。そうすると、いろいろ乗り越えられる。そして、ソビエト時代に出版されたロシア語版のチェーホフ全集もナウカ書店で購入済みなので、次の一時帰国では数冊モスクワに運んで読み始める予定。