IP Forceが山口大学の知財教育について、取り上げています。

著作権の話が中心ですが、示唆に富んだ非常に興味深い内容です。

 

知財の専門家を育てる、という訳ではなく、「知財対応力」を持った実務家、知財に関して何か問題が生じたときには自らが対応するか、専門家に話をつなぐかということができる人材、当たり前のよう知財の法律について理解していて、契約書も書け、交渉もできる人材等、を育てることを目標にしているとのことです。

 

知財専門家を増やすことよりも、知財の素養を持ち、開発や創作のできる人材や、これらの人達をサポートできる人材を増やすことが重要でしょう。

弁理士や弁護士、中小企業診断士等を増やせば、知財や技術の活用が進むわけではありません。逆に言うと、弁理士も、このようなスキルを身に着ける必要があるのでしょう。

 

知財教育とは、IPランドスープに前のめりになることでも、知財の売買に積極的になることでも、知財訴訟を提起させることでもありません。

 

https://ipforce.jp/articles/ip-news/topic/2019-07-23-837

  国を挙げて知財教育を重視した取り組みが進み出す中、いち早く知財科目の導入と拡充を進めて注目を集めている大学がある。山口大学は、2005年の技術経営専門職大学院の開設を皮切りに、2013年には1学年全学部での知財科目必修化を実現。その後も学部から大学院に至るまで、知財教育の体系化を着実に進めてきた。すでに、卒業生の進路にも成果が表れ始めている。
 大学における知財教育のパイオニアとして、山口大学はどのような目標を掲げ、どのような取り組みを行ってきたのか。また、知財のノウハウを身につけた学生にはどのような変化が起こったのか。
 同校における知財教育のキーパーソンとして、最前線で取り組みを進めてきた知的財産センターセンター長の木村友久教授に話を聞いた。

 

――知財教育の導入・拡充で山口大学が目指しているものとは。

木村友久教授(以下、略) 新たな価値や仕組みをつくることが求められるSociety5.0(※)の時代に、知財の知識とスキルからなる「知財対応力」を持ち、事業戦略を実現していけるような人材の育成を目指している。それは、知財の基本的な知識を持っていると同時に、状況に合わせて必要な行動を自ら起こし、ビジネスを回していけるような、実践的な人間だ。
 たとえば、事業の中で新たな仕組みを生み出したとしても、権利を抑えられていては仕方がない。必要に応じて権利化の有無を迅速に調べたり、知財に関して何か問題が生じたときには自らが対応するか、専門家に話をつなぐかということが当たり前のようにできるようになってほしい。

――知財の専門家を育てる、というわけではないと。

 「知財対応力」を持った実務家を育てたい。それは、知財の体系的な知識はひととおり持っていながら、状況に応じて知財に関して必要なアクションも取れる人間、という意味だ。知財の世界では、技術の進歩や状況の変化に法整備が間に合わないようなケースが少なくない。そのため、利害関係者と交渉をまとめたり契約を交わしたりすることでビジネスを回していくといった、状況に応じた実務能力も重要になってくる。必要ならば、法律をつくってもらうために動くこともあるかもしれず、そうした状況にも対応できる人材を育成したい。そのための授業を行っている。

――知財対応力のある実務家を育てるために、どんな授業を行っているのか。

 まず、1年生は全学部生が1単位8コマで必修の授業を受ける。教材は自前でつくった。
 教材の中身は、半分ほどが著作権について。単純に権利者がいて云々という教え方はしておらず、著作物を使っていかに収益化するかとか、著作権法で網がかかる部分はほんの一部分なので、ビジネスとして回すときにどうするかについて考えさせるような内容になっている。あとは、産業財産権のほか、知財情報の検索・解析・活用などについても取り上げている。

 

https://ipforce.jp/News/ip-news/topic/2019-07-25-842

――木村教授は、昨年まで知財センターの副センター長と国際総合科学部の教授を兼任していた。国際総合科学部も知財について学ぶ学部なのか。

 2015年度に開設した実験的な学部で、デザイン科学のほかに、知財科目も充実させている。もっとも、知財を中心に教えるのではなく、特定の深い専門分野を持たないのが特徴だ。卒業要件がTOEIC730点と、語学を重視しており、原則として1年間の海外留学もする。留学は自分の専門分野について現地語で学ぶ形で、学生は世界各地に散らばる。そして、帰国後3年生になってから技術経営の科目を履修する流れになる。
 学生の中には、留学中に現地の知財事情について関心を持って調べてくる者もいる。たとえばタイにコピー品専門の百貨店があるということを報告した学生がいた。フランスに留学し、日本のアニメがどのように侵害されているかを調べてきた学生もいた。政府系のイベントですら、会場の片隅で海賊版のアニメが売られている状況をみて、需要があるのに日本の企業が進出していないのは怠慢じゃないかと指摘していた。
 国際総合科学部では、こうした情報を集めながら、技術経営の分野において世界でどんな仕事をしていくかについて学び、考える。

――教材は、どんなものを使っているのか。

 国際総合科学部の授業では、工業所有権情報・研修館(INPIT)が中小企業の社長向けにつくった教材を使っている。たとえば、インドに進出したときに自社製品の模造品を見つけた場合、特許権を行使するのか、それとも別のやり方があるのかといった議論をさせる。
 法学部の授業では特許権を行使することだけが前提となるのだが、恐らくそれが唯一解というわけではないと思うので、INPITの教材はとても使いやすい。

――ここでもやはり、知財に関連する実務能力を身に着けることを重視しているようだ。

 知財の法律について理解していて、契約書も書け、交渉もするというところまでできなければ、意味がないと思っている。卒業までに必要なことはすべて教えたい。
 知財法の場合は、先に実態があり、法律が後追いするという状況がいくらでもある。製品やサービスとして世に出たときは著作権侵害とみなされていても、後から法律が変わって違法でなくなるというケースはけっこうある。それを考えると、法律が先にあるのではなく、実態をみてそれに合わせ、条文ではなく契約で整理していくものがいくらでもあるということ。それが知財の世界だ。

――交渉や契約が欠かせないということか。

 まさに交渉、契約事。著作物の判定を厳格に行おうとすると、著作物ではないものがたくさん出てくる。それをお互いの交渉で、これは著作物だという前提で契約を結べば、事業としては成り立つ。そうした契約は、著作物であるか否かの境界線がわからなければ結べない。少し危なっかしいところもあるが契約に落とし込もう、という形で交渉する。しかし、状況に合わせてそうした対応をとるために必要な教育を日本の大学ではしていない。そこが問題だと思っている。