今月の情報管理webに、弁護士の福井健策先生が、視点 ドラえもんに心はあるか?:AI創作と「最適化の罠」という記事を書かれています。

 

クリエーターといわれる職種の人間がしていた仕事が,マーケット的にAIとロボティクスにどこまで代替されそうかなどが、テーマです。

 

著作権法のお堅い話ではなく、一般向けの比較的わかりやすい記事と思います。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/60/6/60_436/_html/-char/ja/

本稿の著作権は著者が保持し,クリエイティブ・コモンズ 表示 - 改変禁止 3.0 非移植(CC BY-ND 3.0)ライセンスの下に提供する。

 
広がるAIコンテンツの「裾野」

人工知能(AI)が自動生成するコンテンツの話をしよう。ここ数年,「AI創作と知的財産権」に関する講演の依頼などが確かに多い。といってもAIに小説,記事,曲,絵や各種デザインを作らせるといった事例は今や膨大で,紹介するだけで数千字の原稿なんてすぐ埋まる。そこで,さまざまな実例については「AI自動創作の現在を俯瞰(ふかん)する」というネットコラム注1)を書いた。公開されているのでよろしければご笑覧いただきたい。そこにも載せたざっくりした現状の俯瞰は1である。どんどん増えていることは間違いないし,これですらほんの一部だ。

 

こうした話題の一つの方向性は「AIは人間の創造の深淵(しんえん)にどこまで迫れるか」で,つまりハイエンドな方の話である。少し性格は違うが,将棋でも囲碁でもやっぱり「頂上対決」が一番ニュースになりやすいことに通ずるだろう。確かに興味深い話題だ。ただ,自分の最近の関心は,むしろローエンドからミドルクラスにある。いわば「真の創造や革新か」はともかく,これまでクリエーターといわれる職種の人間がしていた仕事が,マーケット的にAIとロボティクスにどこまで代替されそうか,である。

 

 

AIを巡っては,それ自身やその生み出すコンテンツにどこまで知的財産権による独占を許し,どこから自由な利用を認めるべきか,筆者も加わって政府での議論が進む。それに限らずAIの開発と利活用を巡る法制度やガイドラインの議論には,こうしたさまざまな社会影響を計測し予測し,そのメリットを最大化しリスクを最小化する視点を欠かすことはできない。それはことの外難しく,われわれのちっぽけな頭脳にはまったく余る。もうその制度設計も,AIの手に委ねてしまおうか。

※福井氏の「視点」は,1月号に続きます。