☆タケルくん、番外編です。☆
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
1月4日
正月が終わった。といっても、受験生がゆっくり正月を過ごせるわけも無く、大晦日の夜に終了した塾は、年明け2日からもう始まってて、正月特有のワクワク感なんてちっとも味わえなかった。
お年玉だって「志望校合格したらね」ってお預けだし。
今も炬燵で参考書広げて、塾の課題の英訳をやってる。
なんて味気ない冬休み。
…でも、今日からは違う。
朝から、いや昨夜から、…ううん、ホントのこと言えば、知らせが届いた10日前からずっとフワフワして落ち着かない。
だって、帰ってくる。
大好きなヒトが。
あの夏の日、抜けるように澄んだ青空に描かれた一筋の飛行機雲。
ずっと瞼の裏に焼き付いてて、結構な間、目を閉じるだけで胸がチクチク痛んだ。
『あのヒトは叔父さんの』
なんとか自分に言い聞かせて、声とか、甘い香りとか、ギュッと抱きしめられた胸の温かさとか、最後にほんの一瞬触れた唇とか…
ようやくキラキラの思い出として胸の奥にしまえそうになってたのに、それなのにまた逢っちゃうなんて。
嬉しいけど、すっごく嬉しいけど、同時にどうしようもなく不安で。
「ただいまー!!」
「…ただいま」
いきなり聞こえたガサガサ声と小さな涼やかな声。
胸がドキンと波打つ。
「あら、来たわ!」
母さんがキッチンから飛び出してきた。
「ピンポン、鳴ったっけ? ほら、タケル、ちょっと行ってみてよ!」
「いいよ、叔父さんなら勝手に上がってくるよ」
ドスドスと廊下を歩く音が近づく。
「ほらね」
なんて、さり気ない風を装いながら、耳は寄り添ってる小さな足音を敏感に拾う。
同時に内側のドキドキも大きくなってく。
一秒でも早く逢いたいような、先延ばしにしたいようなもどかしい気分。
そんな僕の微妙なキモチんなんかお構いなしに、リビングのドアはバッと開けられて…
「よぉー、タケル、元気だったかー!」
……誰?
目の前に現れたのは、季節感ゼロに真っ黒に灼けた国籍不明の男。
時々届く画像で見てたけど、まさかここまでとは…。
…もしかして、カズさんもこんな…?
「タケルくん、久しぶりっ♪」
叔父さんの後ろからひょこっとは現れたのは、
「カ、カズさん…♡」
よかった、いつもの白いカズさんだ。
「元気にしてた?」
ドアのとこに立って、にっこり笑って僕を見つめる。
その瞳も、変わらない蕩けるようなキャラメル色。
ううん、久しぶりなせいかその威力は倍増してる。
「んまぁー、カズくん、相変わらず可愛いわねぇ、さ、入って入って」
返事も返せずポーッとしてる僕の目の前に、いきなり母さんのお尻が割り込んできた。
「お姉さん、ご無沙汰してます」
カズさんは中に入り、ささっと正座して可愛い指先を膝の前に揃え、
「明けましておめでとございます。今年もよろしくお願いします」
と、ふわりときれいに頭を下げた。
イケないと思いつつ、ちらりと見えた白いうなじに目が行く。
ああ、カズさんだ。カズさんが帰ってきた…。
「まぁまぁ、ご丁寧に。明けましておめでとう。ほら、タケルもご挨拶して!」
「あ…、明けましておめでとうございます」
ぐいって後頭部を押されて、真っ赤になってる顔を見られずに済んだ。
「疲れたでしょー? あんな南の島からの里帰りなんてねぇ」
「いえ、飛行機でずっと寝てたから、全然平気です」
「そんなことないわよ、ほら、炬燵入ってゆっくりしてちょうだい。サトシ、あんたも挨拶くらいなさい。自分だけとっとと座ってんだから!」
母さんがペチッと叔父さんの頭を叩いた。
そうだ、そうだ!
叩かれたトコをスリスリしながら「今年もよろしく~」なんて、能天気な叔父さんの隣に、ススッと座るカズさん。
母さんに怒られてる子供みたいな叔父さんを、トロトロの優しい目で見てる。
相変わらずってことなんだね。
「お腹空いたでしょ? もうすぐ晩ご飯出来るからね」
「ありがとうございます。お姉さんのお料理が一番恋しかったです」
「でしょー。そう思ってちょっと頑張ったのよ」
「…すっごくいい匂い」
ふふ、クンクンしてる。
仔犬みたい。
「和食がいいかなって思って、お煮しめ作ったの」
「姉ちゃん、大概のモンは向こうにも…、イテッ」
「嬉しいです」
「あ、そうだ、ちょっと味見してくれる?」
「喜んで♪」
寝転がってすっかりくつろいでる叔父さんのどこかを蹴って、カズさんはウキウキの母さんと一緒にキッチンに消えた。
その背中を見送ってたら、
「おい、タケル、お前、見過ぎ! 口、開いてっぞ」
炬燵の中、叔父さんが脛を蹴ってくる。
「だって、久しぶりだし」
「…お前、彼女とかいねぇの?」
「そんなのいない…。受験生だし」
「作れよ。好きなヤツと励まし合って勉強すりゃ楽しいだろが」
それに…って、急に小声になって、
「たまにはガス抜きしねぇと、溜まってんじゃねぇのか?」
って、ヘラ~っと笑ってる。
……ほんと、相変わらずだ。
やっぱお正月って、これだよね。
みんなでご飯食べて、テレビ見ながら炬燵でまったり…。
叔父さんなんて、もう赤…いや、赤黒い顔していびき掻いて寝ちゃってる。
炬燵のおんなじトコ、カズさんにピッタリくっ付いて。
ふふっ、あはは…
カズさんのコロコロな笑い声が耳をくすぐる。
カズさん、このアイドルグループが好きなんだって。
年末年始、カズさんのリクエストで録画してたそのグループのバラエティー。
目をキラキラさせて、このリーダーが叔父さんに似てるんだって、母さんに教えてる。
「ほんとねぇ、なんか、このぽーっとしたとこ、サトシに似てるわ」
「でしょー? でもね、やる時はやるんですよ、この人」
「へぇ、そうなの?」
「そうなんです、あ、ほらほら、ね、カッコいいでしょ?」
テレビに釘付けになって、母さんと一緒にきゃぁきゃぁ言ってる横顔から目が離せない。
…また、脛に衝撃。
「お前、そんなやらし―目で見んなって」
父さんの半纏着て、半分に折った座布団枕にゴロゴロして、すっかりオヤジ化してる叔父さんがカズさんの背中越し、僕を睨んでる。
「そ、そんな目なんてしてないし!」
ほんの今までいびき掻いて寝てたくせに、目の前のカズさんの背中とかもっと下とか、サワサワ触りだした。ほろ酔いの赤黒い顔でニンマリ笑ってさ。
ペシッとカズさんにその手を払われて、叔父さんはのっそりと起き上がった。
「タケル、酒、持ってきて」
赤い顔の僕に、空の徳利を渡す。
「あ、僕が…」
「いいのよ、カズくんは座ってて。ほら、タケル、30秒、チンして」
「えー…」
「そんな態度取っていいのか?」
ニヤッと笑って、叔父さんがポケットから四角い白いのをのぞかせた。
「…分かったよ」
早く大人になりたい。
お年玉をエサに、顎で使われるような子供なんてさ…。
徳利両手に戻ってきたら、母さんとカズさんがいなかった。
キョロキョロする僕に、
「コンビニ行ったぞ」
って、お酒受け取りながら叔父さんが言った。
コンビニデザートのCM見て買いに行ったって。
母さん、嬉しいんだろうな。僕とじゃそんなこと出来ないしね。
僕と同じくらいワクワクしながら今日を待ってたもんね。
カズさんを家族にしてくれた叔父さんに、ちょっとだけ優しくしてあげたくなった。
赤黒い顔したオヤジだけど。
「はい、どーぞ」
見よう見まねで徳利を差し出したら、
「タケルかよぉ、カズがいいなー」
なんて言いながらも、フニャッと笑って嬉しそうに湯飲みみたいな大きいお猪口を差し出した。
並々と注いだ金箔入りのお酒を、おっとっとなんて尖らした唇持ってって、ズズッと啜る。
…幸せそうな顔しちゃって。
「…ね、叔父さん、お酒って美味いの」
くぅーってなってる叔父さんに聞いてみる。
「美味いぜー。飲んだことねぇの?」
「ビールならあるけど、すごく苦かった」
「日本酒、美味ぇぞ。ちょっとだけ飲んでみ?」
ほれって渡されたお猪口に、チロチロ注がれる透明なキラキラの液体。
恐る恐る口元に持って来れば、フワリと広がるフルーツみたいな甘い香り。
なんか、おいしそ。
唇でそっと触れたら…
あ…
「おいし…」
「だろ?」
思ったよりも甘くて、ほんのり温かくて、ついついそのままスルッと飲んでしまった。
熱い塊が喉を降りてく…。
瞬間、全身が燃えた。
コトン…
あ、お猪口…
「あれ、お前、全部飲んだんか?」
「叔父さん…、アツイ」
なんか、フワフワする…。
「おい、タケル、タケル…」
叔父さんの声が急に遠くなって、僕はそのままゆらりと目を閉じた。
僕の前に広がってるのは真っ青な空。
浮かぶ、一筋の飛行機雲。
両腕をピンと伸ばし、スイスイと泳ぐように空(くう)を滑る。
子供の頃の楽しかった冬休み、まだ学生だった叔父さんと一緒に飛ばしたグライダー。
動力の無い単純な作りのその飛行機を、叔父さんは誰よりも高く遠くに飛ばした。
幼い僕は、オトナになったら叔父さんのように、いや、それよりももっと遠くに、もっと高くに飛ばすんだって心に決めてた。
そう、オトナの僕はどこにだって行ける。
あの飛行機雲のしっぽを捕まえたら、きっとカズさんのトコにだって一瞬で行ける。
ほら、地上で手を振ってるのは、カズさんだ。
僕の名前を呼んでる。
待って、すぐ行くから。すぐにそこに降りるから、もうちょっとだけ待ってて…。
……………
「なーんか、ニタニタ笑ってっけど」
「うん、大丈夫そうだね」
ぼんやり聞こえてきたのは、叔父さんとカズさんの声。
…?状況がよくわかんない…
「まったく、サトシがお酒なんて飲ませるから」
「まさか、ぐい吞み全部空けるって思わねぇもん」
「急性アルコール中毒にでもなったらどうすんのよ」
「まさか、ぐい吞み一杯で?」
「在り得るから!…無事でよかった。お姉さんに電話しとかなきゃ」
…ああ、そうか、僕お酒飲んで倒れちゃったんだ。
「あ、お姉さん? 大丈夫です。気持ちよさそうに寝てます。はい、僕が良く言っときますから。お兄さんによろしく。はい、また明日」
そういえば父さん、明日から遅めの正月休みって言ってたっけ。
出張帰り、母さんと一緒に父さんの実家に一泊してくるって…。
「おい、タケル、起きろ! 部屋行け!」
ムリだよ叔父さん、動けそうもないよ。 眠くて…。
「タケルくん、起きて、もう10時だよ」
ピタピタって、頬に温かい手が触れる。
ああ、カズさん… いい匂い…
「おま、なにさっきからヘラヘラ笑いやがって!」
ガクガク肩揺らされてるけど、もう、ムリだってば…。
「しょうがないね。2階まで運べないよね。ここに寝かせとこう」
少しのあいだ、色んな音がパタパタして、ふわりと温かい毛布が体を包んだ。
聞えるけど、体がいうことを利かない。
「…起きねぇかな?」
「ぐっすりだもんね。温かくしとけば大丈夫でしょ」
「おれら、隣の和室だぜ?」
「うん、お姉さんがお布団用意してくれてる」
「…デキねーじゃん」
「何が?」
「何って、ナニだよ」
「…はぁ?」
「お前、声デカイからさ、ヤってる最中にコイツ、目ぇ覚ますんじゃないかって…うっ、痛てっ!」
「ばっかじゃないの?お正月からナニあほなこと言ってんの!」
「正月だからじゃん。考えてみりゃ、ヒメハジメ、まだだぜ?」
「…それしか頭にないの?」
「うん、ねぇ」
ふふって、叔父さんの小さな笑い声と、服の擦れる音。
「…あっ、ばか、なに、やめ…」
ね、聞こえてるけど…
「あん、ちょ、まって…」
「待てねぇ…」
「あ、ね、だめって…、ん、んっ…」
ちゅ…
音…
「あ、あっち、行こ…」
うん、お願い、行って。
密やかな衣擦れの音。
甘やかな吐息の音。
もつれるような、二人の足音。
パタリと閉じた境目の襖。
パチリと開いた僕の目。
あ… や、そんないきなり…
ふふ、だって、ほら、もうこんなだぜ?
ばっ、か… あぁん…
おお、もう、ぐっしょり…
あ、だ、だめ… あ ああ ああん…
ふふ、声、デカイって…
うん、デカいよ、カズさん…
炬燵に潜って耳を塞いでみる。
それでも聞こえてくる声… ううん、メロディ。
二人が奏でる優しいハーモニー。
ココロを溶かして、カラダを溶かして、混ざり合って一つになって…
こんなステキな音楽、初めてだ。
国籍不明だけど、赤黒いオヤジだけど、こんな僕にヤキモチばっか妬いてるけど、
カズさんを愛してるんだよね。
年の初め、まさかまたこんな経験するなんて思ってなかったけど、カズさんが幸せで良かった。
あ、ついでに叔父さんもね。
…ふふ、なんか、眠たくなってきた。
絶対ムリだって、こんな状況で眠れっこないって思ってたけど、二人の奏でるメロディは、まるで上質な子守歌みたいにココロに直接響く。
寝よ。
眠って、さっきの夢の続きを見よう。
もしかしたら夢の中、
大人の僕が、カズさんを抱きしめてるかもしれない。
そして、ステキな音楽を奏でているかもしれない。
叔父さん、夢だけだから見逃して。
あ、これって初夢?
今年もいい年になりますように。
イイコトがたくさんありますように。
僕にも、カズさんにも…。
ついでに叔父さんにも。
お休みなさい。
おしまい。