※『オオカミと彗星』楽曲における勝手な解釈+妄想補完文
※緑青さんと言いますか倉安要素を多大に含みます。苦手な方は特にご注意
※金男パロ・青さん視点。王道スーツ萌えとツンデレ要素を詰め込みたかった
※少々関係をほのめかす描写あり。ご注意
悔しいったら、悔しい。
格好良いから、悔しい。
似合い過ぎだろ、悔しい。
直視出来ないし、悔しい。
逆に、恋人からの熱烈な視線は痛いほどに刺さる。
「わっ…笑うんやったら笑えや!いつまで見てるん!?」
「…笑たりせえへんし。似合うてんで、もうちょい見てたい」
「んなっ…」
馬子にも衣装なのは分かっている。
こんなの俺には縁の無い服装だっていうのも勿論理解しているけれども。
…チムニーの言葉が、お世辞や嘘なんかじゃない事も分かるから、余計に照れてしまう。
平素はクールで寡黙な彼が、明らかにテンション上がり気味なのが謎なくらいで。
二人ともお揃いで、シックに黒スーツ+ネクタイ、ストレートチップシューズ。
髪型や装飾品なども、フォーマルな雰囲気に寄せたものになっている。
人間・服装に影響されると言うけれど、普段のギラギラとした調子はだいぶ鳴りを潜めている。
何で俺達がこんな格好をしなくちゃいけないのか。
未だ納得がいかないが、仕方が無い…。
遡る事、通達されたのは一週間程度。
俺達の組も大小なりとも世話になっている、地元の顔役ともいえる大物がおり。
その周辺で御祝い事が有ったらしく、各所各方面から代表の者が挨拶に赴いているのだけれど。
ウチからは何故か俺とチムニーが選出され…もとい、押し付けられたようなものである。
何事も経験だとか何とか言い含められてしまった。
向かう先がそれなりなだけに、当然此方も相応の構えが求められる訳で…。
おそらく、皆が面倒臭がった理由はココに在る。
「ホンマに着なアカンのか…」
『正装』不可避だと腹は括ったものの、そもそも・こういった服装は何処で準備すればいいのかすら分からない。
途方に暮れていた俺に、チムニーが手を差し伸べてくれたのは有難かった。
一式が揃う店を紹介してくれて、一通りの手間を掛けて貰ったのだ。
当日となり、いざこうして訪問準備状態。
…但し、自分が似合っているかどうかはまた別物。
鏡の中の自分を見詰める程に、良くも悪くもまるで別人というか。整っているのは外側だけで、中身が伴っていない自覚も有る。
今だけ髪色を黒に戻すという選択肢も過ぎったが、尚更童顔が際立つ気がして諦めた。
一方、彼の方の仕上がりはというと。
「…眩しいんやけど」
「なに?ライト明るすぎる?」
そうじゃなくて。誰かさんのスーツ姿が強烈で眩いんだという話である。
背が高くてスタイルが良いのもあるけれど、『着こなしている』感が強烈に格好良い。
並ぶのがしんどいレベルでキラキラしているし。
視界に入るだけで心臓が痛いのだ。小さな所作ひとつひとつが官能的ですらある。
自分もこんなふうになりたいとか、そんな羨望の域を超えて、…ただ惚れ直しているだけ。
格好良い。似合い過ぎだ。直視出来ない。
…悔しいじゃないか。
「チェリーは何でずっと俺の方見てくれへんの?」
「みっ…見てるやんか」
「嘘やろ、さっきから目ぇ逸らしてばっかりやん」
自分の着こなしは、あからさまに避けるほどコメントに困るのかと呟いていた。
申し訳無いが、ある意味当たっているので参るのだ。
勿論、俺のメンタル面の問題なのであって、彼自身は何も悪くない。
「なぁ、こっち向いてや」
いつの間にか距離を詰められ、間近に美男顔。
さっきまで近くに居たはずのお店のスタッフは、空気を読んだのか(?)早々に引っ込んでしまっているし。
広めのフッティングルームに二人きり。
慣れない服装以上に緊張し過ぎて、気付けば思い切り背を向けて話をしていた。
さすがにこれはチムニーにも失礼だろうと、そろりと顔を上げると…。
「ネクタイ、曲がってる」
「えっ…あ、助かる…」
彼が自ら直してくれるのが嬉しい…けれど。何故後ろから?
そっと抱き竦められてから、襟へ手を伸ばし。その指先は暫く俺の喉元を愛撫しては、漸くネクタイの結び目へと辿り着く。
彼の心臓の鼓動すら伝わる距離。すっかり硬直している情けない姿が、姿見にバッチリ映り込んでいるし。
不意に、鏡の中の彼と目が合った。
「…俺、チェリーが思てるよりチェリーのこと好きやから、構うてくれな拗ねるで」
「んなっ…甘えたいだけやろうが!」
「そうやけど?」
真顔であっさり認めては。真っ赤に染まる俺の耳元に、リップ音を帯びたキスが降る。
「ひゃ…っ!?」
「もう時間やし、行こか」
狼狽えている俺と、殆ど表情に変化無しの彼。
…俺ばっかりドキドキしてる。あぁ、やっぱり悔しい。
* * *
肝心の用事を何とか済ませた後。
俺としては、今すぐにでも脱いでしまいたかったが、何故かチムニーに断固として止められた。
幸いなのか今更なのか、帰る頃には彼のスーツ姿も見慣れて来て。
…それどころか、今度は見惚れてしまって、当人に指摘されるまで気付けないレベルでうっとり状態。
「熱烈やなぁ、悪い気はせえへんけど」
「…えっ?」
無遠慮なまでにジロジロ眺めていた事にハッとして、慌てて謝罪。
しかし彼は「少しでも俺に興味持ってくれたなら嬉しい」なんて零すのだ。
…俺が素っ気なさ過ぎるから?
いつも素直になれなくて、冷たくトゲトゲした対応ばかりになっている自覚もある。
何度も反省しているにも関わらず、彼を目の前にすると、本当に可愛くない奴になる…。
「ホンマに、面倒かけて悪かった…感謝してる」
衣装の件も勿論だけれど、もう数え切れない程の色々、全部を込めて絞り出した言葉だった。
上手く伝えられなくてもどかしい。
けれど、彼は総て汲んでくれるのだ。静かに優しく笑んで、そっと頭を撫でる手が温かい。
…こんなところも、好き。
その後、着替える為に先程の店に戻るのだと思いきや、到着したのは何故かチムニーの自宅。
彼の家は初めてでは無いが、最近は来るたびに落ち着かない。
招き入れてくれるなり、開口一番がコレである。
「写真撮ってもええ?」
「断る!!」
秒で即答し、逃げモード。
しかし扉の前に立ち塞がって来る上に、このままでは元々着ていた服を返して貰えない。
激しい問答の末、『データはチムニーしか見ないように管理』『二人で一緒に映る』という妥協案で何とか承諾する事にした。
…てっきり、妙に格好つけたポーズでも要求されるかと覚悟していたが。
ベッドに腰掛けた彼が、その横に座れとばかりに軽く目配せしてくる。
これには逆らえない不思議。フラフラと足が勝手に引き寄せられる感覚で、体半分ほど隙間を開けて隣に座り込む。
「そんな離れとったら映れへんやん」
「え…ちょっ…」
既に携帯端末を構えて自撮り体勢のチムニー。
唐突に肩を抱かれ、密着状態での一枚が収められてしまったのだ。
スーツ姿の記念というよりも、恋人同士がただ部屋でイチャついているだけの…。
そんな写真でも、どうやら彼はご満悦。
喜んでくれているらしいチムニーを眺めていると、俺まで嬉しくなるというか。
「…ほな、俺もう帰るからな?」
何となく、このほっこりとした気持ちのままで帰りたかったのだ。
そして、彼の家から一刻も早く立ち去りたかった理由がもう一つ。
…諸々リアルに思い出してしまってヤバい。これに尽きる。
緊張なんてものを遥かに通り越して、叫び出しそうなくらいソワソワしている現状。
特に、このベッドなんてとんでもない。
──ひと月前の事。ここで。この場所で。
俺は所謂『初めて』を経験したのである。
ちゃんと合意だった。無理矢理なんかじゃない。
しかしあの惨敗感は何だろう。
一方的に攻められ、喘がされ、縋って泣いて。
俺だけが満たされたのみで、恥ずかしい様を曝した夜。
『気持ちいい』でいっぱいになって、全部彼に委ねて何も出来なかった。
何時間も何時間も、その『気持ちいい』が終わらない。
腰砕けでトロトロに臥せる俺を、彼は「可愛え」なんて言うし。
曲がりなりにも恋人関係なのだし、俺だって何かしてあげたいのに…。
一歩前進して嬉しい反面、情けなくて。内心彼も呆れているに違いない。
ずっと逃げるように、『二度目』を避けていたのだ。
ベッドから立ち上がりかけた瞬間、唐突に彼の腕の中に引き込まれ、そのまま視界がくるりと変化する。
「…帰せへんよ」
柔らかいシーツの上に縫い留められ、視線はオスの顔をしたチムニーの色気に絡め取られる。
いくらスーツ姿に慣れたとはいえ、こんな間近で・こんな体勢では…。
彼がネクタイを解く仕草さえゾクンと身悶えた。
長い指が、荒々しく襟元を緩める。解いたネクタイで縛られたりするんじゃないかって馬鹿な想像をしたくらい、その雰囲気は「逃さない」と伝えてきて、俺を絶望させた。
「俺に触られるんは嫌?」
「え…?」
「ずっと俺のこと警戒してるやろ?やっぱ初めてのときに怖がらしたか思て」
違う、違うのだ。
小さく首を横に振るも、上手く言葉が出てこない。
「最初は声我慢してばっかりやったのに、だんだん上手にオネダリできるようになっとって…」
「要らんとこは思い出さんでええ!」
…しょうもない処で突っ込んでしまった。
本当に説明下手だが、何とか弁明しまくったのだ。
例の初回に関しては、彼が巧過ぎて+自分が快感に弱過ぎて情けなかったという話と。
今日に至っては、酷い態度ばかりで申し訳無かったというのも。直視出来なかった理由を白状した途端、チムニーが逆に問い返す。
「外側だけ?脱いでもうたら惚れてくれへんの?」
「そんな訳あらへんやん、その…脱がれたらもっとヤバい」
何を訊いているんだ。何を答えさせられているんだ。
彼がホッとするツボが良く分からないものの、部屋に満ちる空気が一気に甘ったるくなったのを感じた。
別に喧嘩をしていた訳じゃないが、仲直りのキス。
唇を触れ合わせるだけの、お子様な口付け。もっと凄い事をしているのに、こんなにも冷静でいられない。
「スーツ、ちゃんと持って帰ってな」
「…ちょい待った、これってレンタルちゃうん?」
「サイズ完璧やろ」
一瞬ザッと血の気が引くレベルで驚愕だった。
礼服のブランドや相場・質の良し悪しなど疎いけれど、今着ているコレはそこそこ良い品質であるとは察していたのだ。
「ベタやけど、男が好きな相手に服贈る意味って知ってる?」
「知ってるけど聞きたない…」
「せやから、脱がすまでが俺の仕事」
今日一番の笑顔が降って来て、心臓の音が跳ね上がる。
…見てろ、次こそはあんな情けない様になるものか。
彼がもう無理だと負けを認めるほどに。体力の限界だと言わせるくらいに対抗してやるからな、と。
この決意が見事に墓穴となるのだけれど。思い知る頃には、もう遅い。
-貴重なお時間を頂き、有難うございました。