こんにちは。


BOSSのCMのトミーリージョーンズがSMAPのダンスをしているのが本当か合成かが


気になって仕方ない今日この頃です。


もし、本間やったらゴロ―ちゃんグッバイやな。。。




さて、先週末に人生初の富士登山に行って参りました!


男3人暑苦しいわ。(  ̄っ ̄)




早朝に大阪を出発。


3列シートやからなかなか快適なバスタイムやったわ。


まぁ僕はほとんど寝てたけど・・・まだまだ成長期なの!^^




僕以外の二人は富士登山経験者!


名前はゴリさんとデコさん。(絵本の題名みたいになった。笑)


二人とも装備も揃ってたし、僕は初心者やし全く何も持ってなかったから先輩に一式借りた。


事の発端はデコさんが昨年登って楽しかったから、今年は3人で登ろうぜーって誘ってくれたのが始まり。


皆で行く気満々で準備してたのに、直前に 「行けないかも」発言をした僕は


後々延々とぶーぶー言われたのは言うまでもない。。。


そして今後の計画も 


「問題はお前」扱いをされるのも言うまでもない。。。




書きたい事は山ほどあるし、書ききれへん程楽しかったんやけど、まず最初にこれだけ言わせて。






添乗員君がものすごく頼りなかった件。




3人そろって何度か切れました。。。


特に普段気の長いゴリさんが切れた時は、横で僕もビビった。。。(笑)




まず、話が下手。


そして大事な所はほとんど噛む。


え?なんて?。。。でも質問せんとこ、、だってまた噛むもん。




おどおどする。


そのくせ張り切る。


そんな走らんでも皆並んでるから点呼できるでって思う。。。




同じ話を何度も言う。


もう聞いたで・・・さっき。って思う。


でもまた言う。




パーキングに着く度に


「お休みのところ失礼します。」って言うてマイクで皆に話してくれるねんけど


何を思ったかある時急に




「お休みの方はそのままお休みしてくださって結構です!」ってマイクで言い出した。


なんでマイクでしゃべったん?


みんな起きるやん。。。てか、起きたやん。




まぁでも、なんか憎めない感じの人やった。一生懸命やったし。




富士山5合目までの道のりは思ったよりも長かった・・・


それだけで大分疲れたわ。


でも5合目に着いたのは予定より1時間も早く、そのまま軽食を食べて17時に登山開始となった。


添乗員君の他に現地ガイドさんがおって、45歳くらいかなぁ?のおっちゃん。


ちょっと声が高いけどしゃがれた感じの。。。(しゃがれるって言葉あるっけ?でも分かって。)


感じのいい、おっちゃんやった!




皆で体操して、荷物の整理と再確認して、説明聞いてたら


添乗員君が急に、登山は毎回チーム名を決めている!と言い出した。


そこで今月誕生日の人の名前をチーム名にしようと自ら提案し出して、唯一一人


「ちかちゃん」という女の子が誕生日だとかで、


僕らのチーム名は


「チームちかちゃん!」


めっちゃ可愛いやん。(笑)


じゃりんこ千江ちゃんみたいやん!(笑)→古い!




「チームちかちゃん頑張るぞー!」という掛け声と共に出発した。




僕らのチームは


学生ぽい女の子4~5人くらいのグループ2つと、男1人女3人のグループと、僕ら猿三匹。


多くもなく少なくもなく丁度ええ人数やったんちゃうかなぁ。


歩きやすかったし、過ごしやすかった!




登山て、ガイドさんの後ろを歩くのが一番楽で、スタートは女の子グループがガイドさんの後ろを歩いてた。


その前を歩いてる女の子の中に、一人ぽっちゃりさんの女の子がおってんけど


正確に言うと、超ぽっちゃりさん(失礼・・・)


明るくて、元気な感じのノリのいい子やって、ニコニコ歩いておられたんざますけど、


6合目をスタートしたくらいからどんどん顔が死んでいって、常に酸素缶を吸うてた。。。


どう考えてもその体型で登るのは・・・・と思ってたけど、やっぱり??!!


途中で「ほら見てみい!!」って思わずデコさんとゴリさんに言うてしもた。




そういう僕はというと・・・


元々偏頭痛持ちで、基本的に何かあるとまず頭痛が来るタイプ!


絶対高山病になる。。。って思ってたけど、やっぱりなった!→なったんかい!!!


まぁでも、ぽっちゃりさん程ではなく、頭ずきずきしながら腹式呼吸で何とか耐えて黙々と登った。


7合目から8合目は道というか岩。岩を登る。。。黙々と。


真っ暗な中、ヘッドライトの明かりを頼りに黙々と。


上を見たら山小屋の明かりがずーっと見えない所までつながってるんやけど、本間に天への階段みたいやった。


綺麗やったのと、先が果てしないのとの気持ちの闘いでした。




17時に5合目を出て、8合目に着いたのは22時。


予定では18時出発で8合目に22時やから、ガイドさんもゆっくり登ってくれたみたい。




ガイドさんが


「皆に嬉しいお知らせがあります。次の明かりが見えたら仮眠です!」


って言ってくれた時のぽっちゃりさんの喜びようったら・・・




山小屋に着いた時は僕はもう、スーパー高山病まっただ中。


吐き気と頭痛に見舞われて、壁にもたれかかったまま放心状態ですた。


人は寝転ぶとうまく酸素が摂れないから、座ったまま仮眠するように言われて、


壁にもたれて座ったまま仮眠をとった。


その横で気持ちよさそうにゴーゴーとイビキを奏でながらゴリさんとデコさんが寝てたのは言わないでおこう。




予定では2時45分に出発して頂上を目指しましょう!と言われていた。


山小屋の人が起こすので、アラームなどはかけないように!と念押しされて仮眠をとった。


動かないとやっぱり体調はマシになってきて、僕は一時間置きくらいに起きて時計を確認してた。


頂上に行くのは楽しみやったし、ワクワクと吐き気と重なって心臓もドキドキしてたし。




2時過ぎに周囲がガヤガヤし出して、ふと目を覚ます。


時計を見たら2時24分。。。


お!!もうええ時間やし、そろそろ起きて体操でもしよかな。。。と思って


横で寝てるゴリさんを起こす。




「ゴリさん!!もう2時半や!起きてや^^」


と身体をユサユサしたら




「中止やで。」


とゴリさん一言。




「わははー。何言うてんねん!俺も元気になった!もう大丈夫!行けるで!」


とけーすけ。




「だから中止やって。」


とゴリさん。




「中止て!あほな!笑。はよ起きろや!」


とけーすけ。




「あれだけ外で添乗員とかガイドが説明してたのに聞いてなかったん?


悪天候で中止やって」


とデコさん。


「あんなにうるさかったのに寝てたん?」


とゴリさん。




「え?。。。。。。。。中止?中止て、誰も俺ら起こしに来てへんし、何も言うてへんやん、


他の人らが中止なんやて!」


とけーすけ。




「全員中止やで。」


「起こしにこんのは、そのまま朝まで寝てなさいってことやで。」


「だからもうちょいゆっくり寝とき」


と、ゴリさんデコさん。






うそーーーーん。( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚




そこから半分パニックに陥る。。。




「なんでなん?なんでアカンのん?


雨でも行きますて書いてたやん!登りたかったらいってもええのん?


なーなー、てかなんでその時起こしてくれやんかったん??


俺らこれからどないなるん?なーなー!!なーって!!!」




笑いながら仕方なしに起き上がってくれるゴリさんとデコさん。




「てか、起きてると思ってた。あの状況でよく寝れたな。」




「それまで起きてたし!ち、ちゃんと時計とか、腕時計とか確認してたし!」


別に抵抗せんでええとこ抵抗して、パニくる。




で、二人にゆっくり話されてようやく落ち着いて諦めて。。。。


寝る。→寝るんかい!!!




だって寝る以外する事ないし、外は大嵐やし。


山小屋は人で溢れかえってるし。寝るしかない。


でも、目が覚めてしもたから2人巻き込んで人生を語る。


優しい2人は真面目に聞いてくれる。。。


山小屋ライフ楽しくなってくる。


ちょっとはしゃぐ。


高山病・・・




というメンドクサイ奴代表になってました。




4時半頃から外が明るくなってきて、5時半頃に下山の準備をして外に出た。


外はもう真っ白で全く前が見えなかった。雨も結構降ってたしね。


ほとんどの人が登頂断念したから下山は大量の人で溢れてた。




超スピーディに下山したから、足バッキバキ!


雨降ってたし、下はすべるし、人は多いし。


そのうえ下山とはいえ標高は高いので、やっぱり帰りも高山病と闘いながらやった。(笑)


もうお友達やわ。あんなに一緒におったらば。。。



降りてくる時はしんどすぎて、もう一回登ったら十分やわって思ってたけど、
帰りのバスで高山病から解放されて元気満々で

「来年も絶対こようなー!!」

ってはしゃいでた事はやっぱり言うまでもない。。。































トランスジェンダーは、ある人の「割り当てられた性」 (身体的特徴ないし遺伝子上の性 に基づく男性か女性かの他人による識別) とは違う「性自認 」 (女か男か、あるいはそのどちらでもないか) の状態にある。

トランスジェンダーであることは、特定の性的指向 を有していることを必要条件としない。すなわち、トランスジェンダーの人々は異性愛者 であったり、同性愛者 両性愛者 全性愛者 あるいは無性愛者 であったりする可能性がある。


薄々聞いた事はあったけど、はっきり知らなかった言葉。

「Transgender」って何やろって思って調べてみたら、上記のように掲載されていた。

ラテン語で「Trans」は「乗り越える」って意味らしい。


僕みたいな人間を、専門用語でFTM-TSというらしい。

・ FTM(Female-to-Male) 生物学的性別が女性で、性の自己意識が男性という意味である。

・ TS(トランスセクシャル) 外科的手術により外観を に近づけ性自認 の性で生活する状態。


ちなみに僕のブログを読んでるくらいの人達はきっとご存じでしょうが

性同一性障害(Gender Identitiy Disorder)性の自己意識(心の性)と生物学的性別(解剖学的性別、身体の性)が一致しない状態。これは異装性や同性愛とは異なる。

一般に、性別というのは身体や染色体によって決まるもので、身体の性と脳の性は一体のものと考えられてきたと。。。

それが研究するうちに、身体の性と脳の性はそれぞれ別にあることがわかった。性同一性障害は、何らかの原因で、生まれつき身体的性別と、性同一性に関わる脳の一部とが、それぞれ一致しない状態で出生したと考えられてるって、簡単に言うとこういう感じらしい。

そして最後の方に


「これは医学的な疾患である」

って記載されてた。


世の中には僕らが思ってる以上に、このいわゆるトランスジェンダーと言われる人達はたくさんいる。

僕の場合は女性だと分かっているけど、男性。だから、世の中で生きていくうえでも男性として扱われ、男性として女性と恋愛をし、生きていく事を普通に思う。

恋愛でいえば、同性愛という女性として女性が好きだったり、男性として男性が好きだったりという人もいるし、男性でも女性でもOKとか、男性にも女性にも恒常的に恋愛感情を抱かないとか、世の中には僕らの知らない性があるんですね。。。

愛なき時代に産まれたわけじゃない!!



おぎゃぴーって生まれた時は身体を見て

「男の子ですよ」「女の子ですよ」って助産師さんが判断して、そこで初めて世の中で性別を区別される。

それは当たり前の光景で、当たり前の事やし。

お腹の中にいる赤ちゃんが男の子か女の子化は身体を見て判断することやし。


今の時代はそのトランスジェンダーってやつが世に知れ渡りだしてるから

色んな運動が起きたり、色んな法律ができたりするけど

子孫を残すために結婚して、子供も作ったけど、やっぱり違うって思う人とか

本当に好きだった人と別れて、子供を作れる相手を好きになって結婚したりとか、

そこに愛があって、それはそれでもちろん幸せかもしれんけど、

世間一般でいう幸せの形がそれなん?


本間これこそとある醤油のCMやで・・・

幸せ~ってなんだーっけなんだーっけ??♪


という僕自身も、幸せって何か分かってないんですけどね。

でも、毎日を普通に過ごせてる事が幸せなんでしょうけど

なんでもないような毎日が幸せなんだろうけど


なんでもないようなことが・・・幸せだったと思う~。


僕みたいなもんが、好きになった人とこれから幸せに過ごしていこうと思ったら

相手に何かを失わさないといけないと思ってたし

相手が世間一般でいう幸せの形を得るために、僕はその好きな人を失わなければならないと思った。

今のその気持ちは常に僕の中でたまに出現して、たまに引っ込んでいく。

自分から離れる勇気もなければ、何やかんや好きになった人が誰かと結ばれるのは辛い。

なら、人なんか好きにならなければいいじゃないか!!!ってマジで思うだーー。


でも、僕ももういい歳ですわ。

そろそろ決めなければ。

このまま誰かと生きていく人生を選ぶのか

自分一人でやりたいこと見つけてそっちに懸けて生きていくのか

いや、焦る必要ないのか・・・誰かーーー。

・・・・・・・・・・・・答えを探して!(こんな歌なかった?笑)










ハイサイ。

夏夏夏夏、ここなっつ!!!

猛暑ですね。汗が足りません。


長い間放置プレーしていましたので、入院生活自体を忘れてしまいました。

覚えてる範囲で書きます。


手術が終わって、その日の夜は治療室で一晩管理されていました。

部屋中に響き渡る機械の音とか、あとは身体が動かないしんどさとかで

夜中何度も目は覚めましたが、意識朦朧としてたので辛くはなかったです。

翌朝、多分6時半頃に部屋の明かりがついて、勢いよく看護士さんが二人カーテンを開けて入ってきました。


若い女の人二人で

「気分は大丈夫?」

「昨日は大分痛かったみたいやね、苦しんでたね」

「今日から普通の病室に戻るからねー」

などなど凄い勢いで話されて、身体を拭いてくれました。

心拍を測る機械を外されて、尿道カテーテルを抜かれて、この時はうっひゃーーーーって感じやった。!(´Д`;)

最後に下半身もお湯で流して洗ってくれてんけど、あれは遠慮したかった・・・

その後何故か「パンツが無い」事件が勃発!!!

看護士さんが3人くらい動員して探してくれた。

パンツに3人・・・


「昨日手術の直前に脱いだパンツ、袋に入れて部屋に置いておいたんやけど無くなってるんよ、

どこ行ったか知ってる??」


知るかーーーーーーーーー!!!!!!!(笑)


「お母さんが持って帰りはったんかもしれへんね。手術用のおむつあるけどそれ履く?」

って聞かれて


「ノーパンでいいです!」


という人生で何回口にするかと言うセリフを返した。


そら、母もわざわざ


「すいませーん。パンツ持って帰りますねーー」とは言わんわな。。。



手術着から自分のジャージに着替えて、ベッドごと病室に運んでくれた。

それから部屋でぼーーーーーーーーーっと。。。

同室のおばあちゃんたちは朝ごはんを食べ終わった所だったみたいで、本日の朝ごはんについて

評価しておられました。(朝ごはん評論家)


それからすぐに母が荷物を持ってきてくれた。

「よ!」って感じできた。

僕も「よ!」って感じやったけど、術後一日目。

身体がまだまだしんどい・・・頭もぼーっとしてるし、とりあえずお腹も痛い。

腹痛を起こしてからご飯もろくに食べてなかったから、体力も落ちてたしね。


服とかパンツとか、タオルとか、洗面用具とか持ってきてくれて片づけてくれた。

病室というか、病院自体がめちゃくちゃ綺麗やったし、独特のにおいもしないし。

本間に環境は最高やと思う。

ただ田舎すぎて周囲に何もないっていうのだけが、後々身体が回復してきたときに苦痛やった。。。


術後すぐの事はあんまり覚えてないけど、母が来てる時もうつらうつらしてたと思う。

とにかくしんどかったし。。。動くと痛い。

ひたすら放置してた携帯を少しいじったくらいで、ひたすらベッドで寝転んでた。


携帯って病院て普通アカンやん?アカンと思ってたし、一応隠しててん。

たぶん、今の時代は問題ない場所なら問題ないみたいやけど・・・

じゃあある日突然、病室で

ジリリリリリリリリーーーーー!!

って音が鳴って、何事やってびっくりしてたら


「もすぃもすぃーーー?」

って隣のベッドのおばあちゃんがしゃべりだした。(笑)

お婆ちゃん、携帯お持ちなんどすね・・着信鳴るわ会話するわ。

時代ですねーー・・・・


3月11日に手術があって、退院したのは19日?くらいかなぁ。。。

ご飯食べてない間は点滴をずーっと打ち続けないといけないし、

尿量を測る必要があったので、それが苦痛やった。

ドレーンが刺さってる間はとにかくお腹痛かったし、点滴してるからトイレもすぐ行きたくなるし

毎晩夜中は20分おきくらいにトイレに起きた。

でも、ベッドから起き上がるのが痛くて一苦労で、15分くらいかけてベッドから起き上がってた。


2日後くらいからちょっとずつご飯食べれるようになったから点滴の量は減ったけど、

腸を動した方がいいから、とにかく動きなさい!って言われてたから

頑張って動いてたけど、何しろお腹にささってるドレーンが動くと激痛で・・・

母が来てくれる度に談話室まで歩いて、そこでポカリ飲むのが日課になった。

散歩とかしろって言われたけど、無理でした。

5日後くらいにドレーン抜いてもらって、やっとお風呂に入った!

まぁ言うても頭洗ってもらって顔と手足洗ってあとは拭いたくらいやけど、気持ち良かったー!!!><


週末には僕の会社のある所から2時間半くらいかけて友達がお見舞いにきてくれた。

会った瞬間に

「病人ーーーー!!!!!」って言われたけど、当たり前やでな。。。

どうやらかなり痩せこけてたらしい。

確かに、ご飯全然食べれてなかったし、病院食もおかゆやしね。

周囲に何も無さ過ぎてびっくりしたと散々馬鹿にして帰っていった。(笑)

でも、おかげで元気出ました。


ドレーン抜いてからは痛みも少しましになって、散歩もできるようになっていった。


退院の前日くらいに抜糸してもらって、経過も良好やった!

退院前日の夜にお腹から大量に出血と汁が出てきて、パニックで目が覚めて

もしかしたら退院できへんかもしれへんという不安に駆られたけど

次の日先生に「問題ない」って言われて、そのまま退院。


後々思えば、あれが良くなかったのでは?って思うけど、

まぁとにかく退院したかったし、何より

「ラーメンが食べたい」

という欲望が凄かった僕は、一刻も早くラーメンを食べに行きたかった。(安くつく人間です)


それから約1週間自宅療養してから出勤して、経過診察受けて完治の予定やった。

自宅療養中も傷は痛かったし、色々としんどい事はあったけど、こんなもんかなーと思いつつ

予定通り、自宅療養後仕事復帰を果たした。

職場でもグループの人と他数名の人しか知らなかったので、びっこひいて歩いてると

「どうした?」って声かけられて、事情説明すると

「知らんかった―!!!!」って言う人がたくさんいた。

グループの人達は、痩せ度と顔色の悪さにびっくりして常に心配してくれた。


すぐに元気になる予定やったし、問題ないと思ってたのに、

また入院するはめになるなんて・・・


(再入院編へ続く)