玄関でのお見送り…
必死に涙を堪えた。何か話すと、言葉と一緒に涙まで溢れ出てしまいそうで、最低限の会話しかできず、時間になってしまった。
『アコ…。泣かないの。』
「泣いてないよ。」
『そ?ほら、こっち向いてみ?』
「……。」
『俺の目ぇ見て。』
意を決して顔を上げ、カズさんの目を見る。
優しいカズさんの眼差し…。
途端、どうにか堪えていた涙が溢れ出てしまった。
『ほら、泣いてんじゃない。』
「もう、カズさんのせいだよ。我慢してたのに。」
『その必要ある?素直でいたらいんじゃない、自分に。あぁ。見くびってもらっちゃあ困るよ、俺の心の大きさ。嫌いだよ面倒臭い事は。けど、愛する人の心包み込むくらいの大きさは、持ち合わせてると思ってる。…ほら、おいで。』
カズさんは両手を前に出して私を呼んだ。
その腕の中に飛び込むと、カズさんは私の背中に手を回して強く抱き締めてくれた。私もカズさんの腰に手を回す。
『アコ…。俺の事信じて待てる?』
「うん。」
『大丈夫だから。俺がお前守るから。約束したろ?』
「うん。」
『俺だって不安なのよ、こう見えて。お前と離れんの…。
だから、俺の事だけ見てて。信じてて。』
私を抱きしめる腕にギュッと力が入った。
「カズさん…大好きだよ。」
『ん…。』
お迎えが来た事を知らせる電話が鳴る。
「もう…行かなきゃだよ。」
『ん、嫌だ。』
「うん、いやだ。」
電話の呼び出し音が止まり、少し経ってまた鳴った。
カズさんは大きなため息をつくと、『うるせーな。』と呟き
『も、行くわ。』と言った。
そして…
お互いの唇を確かめ合うように2回短いキスをした後、最後に長いキスをして、名残惜しく唇を離した。
耳元で『愛してる、アコ。』
そう囁いて、ギュッとハグすると振り返らずにカズさんは行ってしまった。
.
会社までの通勤路。通い慣れているはずなのに、今日は違って見えた。
すれ違う人、目が合う人、全てが敵に見える。全てが私とカズさんの事を監視している人に見える。
毎日一緒になっていた顔見知りさんまでもが、もしかしてこの人…。なんて、完全な疑心暗鬼。
相当強張った顔をしていたのか、会社に着くなり同僚が話しかけてきた。
「アコちゃんおはよう。どうしたの?体調でも悪い?顔色も悪いし。大丈夫??」
「あ、おはようございます。いえ、大丈夫です。ちょっと…月1のやつが珍しく重くて。」
咄嗟にごまかした。
「そうなんだ。無理しないでね。今日暇だし、有給使って半日で帰ったら??」
「あ…そっか。あとで部長に相談してみます。ありがとうございます。」
体調不良を理由に部長に相談してみると快くOKしてくれ、私は午前中で自宅へ帰る事にした。
しかしやはり、帰り道も人の目が気になって仕方がない。
誰かに見られてるかもしれない。
自宅に帰るだけなのに、そこをまた写真に撮られてスクープとして載せられるかもしれない。
芸能人と付き合う事がこんなに大変な事だったなんて、今更気が付いた。私は本当に認識が甘過ぎたんだ。
お昼を食べようと思ったけれど食欲がわかない。温かい紅茶を淹れて、ソファに座った。雑誌を手にしても、本を手にしても、ページが全く進まない。頭に入ってこない。
はぁ~~。
深いため息が出た。
と、携帯に知らない番号からの着信がきた。
あ、もしかして事務所から…
初めて聞いたフリをしなくてはならない。緊張して震える手でどうにか通話をタップした。
「もしもし…」
声が震える。
「あ、もしもし、山下亜子さんの携帯電話でしょうか。」
「あ…はい。」
「私ジャニーズ事務所の久保と申します。突然のお電話申し訳ありません。」
「あ、いえ。あのぉ…」
「私、二宮のマネージャーをやっておりまして、先程二宮から山下さんの事をくれぐれもよろしく頼むと仰せつかりました。
えー、事の経緯は二宮の方からすでに説明してあるとのことでしたので、今後の事についてお話してもよろしいでしょうか。」
「はい…。」
私は今夜、マンションを出てホテルへ移動するそうだ。
当分の身の回りのことは、田中美希さんという女性の方がやってくれるそうで、何かあったら田中さんに言えばいいと。
結局、私とカズさんの事を知ってるマネージャーさんからの電話だったので私は知らないフリをする必要がなかった。
カズさんが取り計らってくれたものらしく、カズさんの優しさが嬉しくて、ホッとして、涙が滲んできた。
カズさんに…会いたい。
週刊誌の発売日まで…あと2日。