ふと湧いてきたテーマで…




男性の思う "責任" と
女性の思う それって
おそらく…思った以上に 違う と思う

いつものように
もちろん すべてではないですよ
そして私の解釈でしかないですよ

でも はっきり言っちゃうと…

男性のみなさん…
アナタが いま感じている その…責任
特に 対女性 だの 対家族 だのの責任ね

たぶん…いらない
ゴメン。言っちゃった笑い泣き




あの…そもそも
「責任」という認識を持っている時点で
その思いは 余分なお荷物になっている
ように思います

もちろん 認識の違いはあるので
一概には言えないけれども

「責任」て認識すると
"仕方なく" とか "常識だから"
の意識が働きませんか?

もし そうなってきたら
それが いらない 部分だと思います




大切にしているからこそ 責任を感じてる…
んでしょ?
はい…わかります
その思いは すごく素敵キラキラ ホントに

でも…

「責任=大切にすること」であれば 
常識や世間体を中心に考えるかしら…
そして
自分の意に反することもする必要ないはず

アナタの思う責任に
↑これらが入っていたりしませんか?




もちろん 社会生活を営む上では
ある程度の常識やマナーは 
当然 必要ですけど

それが中心になってしまっては本末転倒

大切にしたいのは
女性や家族であって
常識や世間体ではないはず




男性のみなさんが
女性や家族を守るために
社会に対する責任を負うんだ…
と思われるのは自然なコトだと思いますが

実は
そういう思いで 
責任を負おうとしていること自体が

女性や家族を
見えないところで苦しめてる可能性が
あるように感じます




ある一面での解釈ではあるだろうけど…

男性だろうと女性だろうと
子どもも高齢者も誰もが
基本的には
自分の人生の責任は 自分にある
と思うんです

もっと言うと
自分でしか自分の責任は負えない

ただ 人間として生きてる以上
身体や精神の制限があるので
子どもや高齢者…病気や障害…
そういった面でのサポートは必要です
それは 家族であろうとなかろうと

でも ひとりの人間の人生と考えた時には
自分の人生の責任は 他人には無い
自分にしかないのではないでしょうか




だから
男性のみなさんが日々
守ってくれようと頑張っている
女性や家族の人生の責任も
それぞれの人が持っているはず…

そのすべての責任を男性が持たねば…
というのは
その女性や家族の生き方を
信じていない ことに
繋がってしまいませんか?




だって
自分の人生の責任を
他人に負わせるということは
自分の人生を他人にコントロールさせている
ということですよね?

それでは…
コントロールされる女性や家族も
その責任を負わされる男性も
happyには導かれない…
ように思います




男性に持たされる
社会に対する責任の観念…
それらは仕方なかったと思うんです

でも それこそが 男女差別を生んだ…
女性の人生のコントロールを
男性にさせてきたから…

でも いま言われてる男女平等も
ちょっと疑問があったりする…でしょ?

人間だから 差は あって当然…
その "差" へのサポートは必要
でも 誰であっても
自分の人生のコントロールは自分

それが基本な気がします




どこまでが自分の人生で
どこまでが共に歩む人生なのか

どこまでが生きる上でのサポートで
どこからがコントロールなのか

どこまでが気持ちの支えで
どこからが依存なのか




その調和はとても繊細で
それぞれで違うバランス
タイミングもそれぞれ

だけど それこそが人生であり
そのベストな接点を
互いに見つけていくのが
人間関係というものではないでしょうか…




思いのほか 壮大なテーマでした…
書き始めて後悔…ww
毎度の事で長くなりましたが
お読みいただき ありがとうございましたぶちゅー