ゆづから回ってきました、チェリです🍒
お姉ちゃん気質なのにお茶目なところの方が多いゆづ^_^
実はゆづと2人でいるとかなり落ち着き、沢山悩みを打ちあけ、沢山支えてもらいました。
ありがとう。
まずはじめに、日頃よりご指導いただいた監督・コーチをはじめ、応援してくださった保護者の方々、OGの方々、その他関係の方々へ深く感謝申し上げます。今後も変わらぬご支援・ご声援のほどよろしくお願いいたします。
とうとう引退ブログを書く時がくるなんて時の流れが早すぎる!本当に一瞬でした、この4年間。
私の4年間の気持ちを書きました。少し長いですが、温かい目で見ていただけると嬉しいです。
私は高校時代、チアダンス部に入っていました。
部活にどハマりしていたこともあり、大学でももう一度心から夢中になれる部活に入りたいと思っていました。
その中で見つけた「ラクロス部」
新歓で先輩方が話しかけてくださり、最初はルールさえ知らず、何それ?状態でしたが、
"未経験者でも日本一目指せる"
この言葉に強く惹かれました。
体験会に行くと、ラクロスしている先輩方のキラキラしてる姿を見て、私もこんな風になりたいと思い、入部を決めました。
(当時、新歓でみほさんが誘ってくれて、説明会のパワーポイントで日本代表選手だということを知ったのを今でも覚えています。本当に感銘を受けました。)
今思い返すと、1、2年生の頃はがむしゃらにラクロスしてたなって思います。
最初は授業も多い中、私は実家が遠く、片道2時間という旅レベルの時間をかけて大学に通っていました。朝練は始発でも間に合わないので、遅刻して練習参加していました。当時はナイター練からの次の日朝練という日があったので、よく学前の同期の家に泊めてもらいました。
泊まりが本当に楽しくて結局夜まではしゃいだり、シェアハウスしたいねって通い組で何回も話しました。
本当に4年間よく通ったと自分でも褒め称えます。
同期試合であるサマー、ウィンター、あすなろでは勝つ試合も負ける試合もラクロス楽しいって思わせてくれました。ドローにはまったのもこのサマーからです。当時の育成の方々、本当にありがとうございました。
2年生は何ヶ月かトップに参加させていただきましたが、ほとんどサテライトで活動しました。リーグ戦もVリーグも負ける試合の方が多く、とにかく辛いことの方が多かった1年間でした。
3年生は仕事が増えていき、自分の技術だけではなく、チーム全体のことも考えていかなければいけないようになりました。特に育成は2個下の後輩たちに教えるという立場でありながらも、自分もプレーを磨いていかなければいけない。私にとっては両立が難しい立場でした。けど、うみさんに「1年生の方が技術力が高くなったとしても、自分が凹む必要はない。そこは自信持って指導していって大丈夫だから。」と背中を押して頂き、自分のプレーの時と育成の時の自分は区切りつけてやろうと思いました。
自分は後輩に何ができるかなと考え、せっかく育成が3人いるんだから全員役割が違う方がいいかなと思い、前に出て教えるより、一人一人を見て個人的にアプローチしていこうと思いました。それはもちろん技術もメンタル面も。だから一人一人に対して技術面もメンタル面も見れるように、この子はどんな子なんだろう、どうしたら分かってくれるかな、どんなアプローチすれば上手くなるかな、ゲーム感覚でみんなの心の中に入れるように意識してました。そうすることによって徐々にみんなのことを知ることができ、自然と信頼関係も築くことができると思ったからです。また、教えることの難しさも学びました。"相手の立場になって考える"を意識して、自分は出来ないことが多かったので自分の経験やどうしたらできるようになるのかを考えて教えると、できるようになってくれた子が多くて自分は育成をするやりがいに繋がっていました。毎日メニューを考えること、幹部ともグラウンドや時間帯の相談すること、自分のプレーの時間を使って2部練で1年生練を見ること、もちろん大変なこともありましたが、全部みんなが楽しそうにラクロスをしている姿を見るのが楽しかったから、やりがいがあったから、出来たことだと思います。育成やって良かったと心から思います。ありがとう。
リーグ戦では、ドロー要因として試合に出させて頂きました。
うみさんにはずっと「チェリのドローはチームにとって大切なんだよ」って伝え続けてくれました。うみさんって本当にポジティブ人間で、私が少しでも暗い顔してたら分かってくれるし、自分1人で不安な顔していたら、すぐに気付いて前向きな言葉をかけてくれるスーパーコーチです。
ドローって自分は今まで何も考えずに上げていましたが、3年生になってからドローの練習をたくさんするようになりました。自キャだけじゃなくて、いろんなドローを試したり、ドロー研究会に参加したり、家の近くの公園の電柱で1人で練習したり、とにかくたくさんドローの練習をしました。ドロー練習ほど楽しいものはないと今でも思います。笑
そのくらい私はドローにどハマりしました!!
最後の玉川戦で自分でドロー取れた時は本当に嬉しかったです。
けど24シーズンが終わった時に、うみさんに「ドロー以外の強みを見つけなさい。」と言われ、自分は他に強みを見つけないとトップにいることはできないと思いました。
あんなこんなで4年生になりました。
リーグ戦に向けて、自分は何が出来るだろう。チームのためにどうすれば居場所を作れるのかを常に考えてグラウンドに来ていました。まずはグラボ頑張ろう、
足は速くないけどグラボとればマイボールにできると思ったから。
私はトップで技術がなかったかもしれないけど、そういった部分でしがみついてきました。
準リーグが始まる1ヶ月前にうみさんに「もしリーグ戦に出れなかったら、準リーグに出たい?」と聞かれました。
もしかしたらリーグ戦には出れないかも。
そう言われた時は本当に悔しくて悔しくて沢山悩みました。
けど、私はトップのメンバーで試合に出ることを目標としていたので、リーグ戦も準リーグも出れなくなったとしてもそれでも目標のために頑張っていきたいと決意しました。私はリーグ戦の内の1戦は教育実習のため出場することができませんでした。
けどそこは切り替えて教育実習も頑張ろうと、2週間全力で教育実習に向き合いました。
復帰してから、久々の部活。
自分のプレーの衰えが不安でした。次の試合まであと2週間。自分がベンチ入れるかも分からなかったけど、そんなの気にせずとにかく今までよりもレベルアップするために必死でした。
もっともっとラクロスに費やそう。
自分の時間をラクロスにかけてやろうって。
4試合ベンチ入りしたはものの、試合に出る機会が少なかったです。悔しくて、自分が上手くいかなくても、それでもみんなが活躍しているのを見て、チームが勝ってそれがすごく嬉しかった。
複雑な気持ちばかりのリーグ戦だったけど、25チームの一員でいれたこと、勝ちきれたこと、本当に心の底からよかったって思います。
リーグ戦も終わり、私たちは昇格戦への切符を手に入れました。
最後の昇格戦、応援席はたくさんの青に染まってて、友達も家族も応援に来てくれて本当に幸せな環境で、みんなが楽しみにしている舞台でした。
結果は、1点リードで勝ちきることができ、
一部昇格という形になりました。
試合終了の笛が鳴った瞬間、鳥肌が立ち、今まで流したことない嬉し涙が一気に溢れてきました。ベンチにいた私は何も見えなくなるくらい目が涙でいっぱいでした。みんなの涙、声援、笑顔、あの瞬間を思い出すだけで今でも鳥肌が立ちます。今まで4年間、本当にやってきて良かった、この瞬間のためにあったんだって達成感を感じました。
逃げずに、諦めずに最後まで頑張って良かったと心の底から思います。
一つ後悔があるとするなら、一点くらいリーグ戦でシュート決めたかった!です。
けどこのチームのために必要な存在になれていたと感じればそれはそれでおっけいだと思います。
意外と自分の強みって他人の方が分かってるって感じました。それはみんなが沢山声をかけてくれたから、支え合ってきたから、自分らしくチームにいることができました。
私の居場所を作ってくれたみんなに感謝です、本当にありがとう。
そして、ラクロスというスポーツに出会えて幸せでした。
次に支えてくださった方々に感謝の気持ちを伝えたいと思います。
家族へ
4年間支えてくれてありがとう。
遅く家に帰った時も温かいご飯を作って待っててくれたり、朝早いのにお父さんは一緒に起きていってらっしゃいと声を掛けてくれたり、あんまり部活での出来事を家で話すことは少なかったけど部活のことで相談すると「そんな考え方あるんだ」と思うくらいお母さんは私の持っていない考えを伝えてくれました。
私が前向きに4年間やっていけたのは間違いなくお母さんのポジティブマインドのおかげです。ありがとうございました。
後輩へ
4年生として、何か理想の姿を見せられたかは分かりません。
でも練習中、ここ良かったです、どうやってやるんですか?、
今のどうしましょう、って沢山頼ってくれた時は本当に嬉しくて、自分が持っている技術はないかもしれないけど、自分なりに説明した時に、素直に受け入れてくれた真っ直ぐさがチームを強くしてくれたと思います。
頼もしいみんなだから、きっと大丈夫!不安なこともあると思うけど、どんな時も隣を見れば大切な仲間がいるから。
しんどい時はいつでも話聞くしラインもスナちゃでもしてね!笑
この先続いていく東海、26チームを誰よりも応援しています。最後まで4年生についてきてくれて、本当にありがとう。
同期のみんなへ
本当に本当に大好きな同期。誰1人欠けない唯一無二の存在で、こんな素敵な仲間この先出会えないんじゃないかってくらい出会いに感謝してます。どんな時も支え合って、一緒に頑張ってきた時間は私にとって一生の宝物で、思うようにいかない日もみんながいたから最後まで走り切ることができました。
笑ったり、泣いたり、はしゃいだり、当たり前のように毎日一緒にいたから、自分の居場所にもなっていました。同期がいるだけで安心して、ナイター前の皆との集まりも、パンじゃんけんも、学ミも、行き帰りも、お泊まりもプチ旅行も、部活終わりのご飯も、伸び代ガールの声かけも、びーりあるも全部同期との思い出があって、引退してからそれがもう当たり前じゃなくなったのはすごく寂しいけど、これからもずっと大好きだし、私の誇りです。
心の底からありがとう。冬集まろうね!(絶対)
この場をお借りして、
エメさん
留学の為、途中で辞めてしまいましたが、幼馴染であり同期でもあるエメには沢山助けて支えてもらいました。
最寄り駅が同じで朝練の時一緒に電車乗って、一緒にアップして、一緒に帰って地元でも夜遅くまで喋って、あと何時間後にはまた会うのに話が尽きない、本当に家族以上に一緒に過ごした気がします。1年生の頃はよく喧嘩もして、朝練に2人でパスキャしてる時、全然ちゃんと投げられなくてお互い不機嫌になったけど、朝練後にお互いさっきはごめんって謝ったエピソードは今でも覚えてます、思ったことを相手の為に言い合える最高の親友です。留学の為にバイトも学業も両立してるエメさん本当にかっこよかった。だから留学行く時、心から応援してたし、自分も負けずに頑張ろうって思いました。エメさんがいない朝練の遅刻はめちゃくちゃ心細かったけど、エメさんがいたから4年間通うことができました。心から感謝してます。ありがとう。
そのほかにも、東海女子ラクロス部を支えてくださった学校関係の方々、フレキャンや他大で仲良くなった方々、社会人チームで関わった方々、武者受け入れてくれた大学の方々、つま恋でお世話になった方々、ドロー研究会で関わった方々、多大なるご支援いただいたコーチの方々、OGの方々、東海男ラクの方々、沢山褒めてくれた大学、地元、高校の友達、、、、
ここには書ききれないくらい、私は4年間で多くの方々に支えられてきました。
"ラクロスメイクスフレンズ"
まさにこの言葉通りだと思います。
ラクロスを通してたくさんの素敵な人に出会うことができて、
幸せだなと思っています。何度も言いますが、4年間ラクロスをやってきて良かったと心の底から思っています。
長くなりましたが、私の引退ブログは以上です。
ありがとうございました。
今後とも、東海女子ラクロス部をよろしくお願いいたします。
次はドロワー仲間で、ゼミも一緒で1年生の頃からたくさんお世話になっている賢い頭脳派の、ふみです✨



