今の面・・・
「梅雨明けが・・・」
昨日の天気予報ネタの流れで・・・
今日昼間、いろいろ見ていたら
来週後半に梅雨明け(関東甲信越)の気配が見えてきました。
気配です。まだ気配です。
去年までは山形にいたので梅雨はきつくなかった。
昔、40年くらい前は、関東の梅雨って7/20ごろまであったような・・・。夏休み前後に梅雨明けしたような。
(鎌倉では小中学校はは7/21から8/31まで夏休み)
近年のデータみると、最近の梅雨は今年ほどきつくない。
太陽が欲しいぜ!
もう少しの辛抱だぜ!
昔の面・・・
湘南ボーイ「大学」
大学ってとこは勉強するとこなんだろうか・・・
まあ人それぞれだけど。
私の場合。かけがえのない時間でした。とっても。ものすごく・・・。
推薦で大学決まってすぐスキー。
場所は長野県木島平スキー場。
高3の時のことは昨日のブログのとおり。
スキー場のロッジって当時高校生の泊まり込みバイトいなかったんです。周りは大学生ばっかり。あとは通いのおばちゃん(地元)とコックさん。
(ちなみに私がお世話になっていたロッジは満室で目いっぱい詰め込むと180人宿泊です)
最初はすっごく緊張しました。
とにかく嫌われないように、ひたすら働きました。ひたすら気を使いました。運動部の1年生を自主的にやってました。徹底してやりました。
おかげさまで、みなさんにはとてもかわいがってもらいました。もうアイドル並みにかわいがってもらいました。
そして、なんと言ってもオーナー夫婦にはとってもよくしてもらいました。
で大学1年になると、今度は夏も木島平に行きます。
夏はね、アーチェリーの合宿があるんです。
ですから7月、夏休みになると同時に木島平に行きます。9月上旬まで入れ替わりで大学のアーチェリー部が来ます。夏は学生アルバイトは私だけ。あとは地元のおばちゃん。
当然、冬も休みに入るまえから木島平に行きます。
このときはもう木島平は私の超お気に入りでしたから。
2年目ともなるとかなり慣れてきます。
スキー場のロッジって居候とアルバイトっていう2つのシステムがあるんです。
居候っていうのは半日スキーOK。リフト券付。あとはお仕事。
アルバイトは日給制でスキーは休憩時間のみ。(リフト券だいたい実費)
食事は両方ともついてます。
だから、スキー部の人、スキーサークルの人、スキー好きの人ばかりです。ほとんどの人が居候。
10人ぐらいいたかな。(多い時は15人くらい)みんな短くて3週間。大学生だからテストとかで戻ってはまた来てみたいなのが多くて。
この年は2年目ということもあって、去年いた人もいるし、新しい人もいるし、でもまだ年下だからちっちゃくなってました。
(でも仕事は誰よりもできたから、年上の人からは仕事面では頼られた)
1年の3月スキー検定2級を取ります。
大学2年。校舎が変わります。
東京です。
渋谷で乗り換え。
で、渋谷までは行かれるんですが・・・
そこから学校までが遠い。
渋谷でバイトにはまります。
居酒屋なんですが、240席の大型店。公園通りの入り口のビル2階。
ここがまたいい勉強の場でした。
厨房で働きます。
チーフが若くって、板前見習いが数人いるんですが、包丁研いでないと私が怒られるんです。
私、アルバイトです。終電みんなより早いんです。毎日これません・・・(最初週4.。でも9月からほぼ毎日)
(確か渋谷23時34分の山手線。鎌倉着くのが0時50分ごろだったと思います。)
でもね~いろいろ教えてもらいましたよ。もうほんとに。いろいろ。
ある日、チーフが、
「お前明日くる?」っていうんです
俺・・
「はい」
チーフ・・・
「早く来れる?」
俺・・・
「大丈夫ですよ」
チーフ・・・
「俺、明日休むから」
俺・・・
「わかりました」
別に気にもしてなくて。どうせ他店からヘルプの社員が来るもんだと思ってました。
翌日・・・・・・・・・・・・・
店長・・・
「あれっチーフは?」
俺・・・
「休むっていってました。誰か来るんですよね。代わりの人」
店長・・・
「いや、聞いてない。でも○○君今日ラストオーダーまでいるんだよね。」
(ラストオーダー23時)
俺・・・
「はい。います」
店長・・・
「じゃー頼むね」
ちょっと待って。学生アルバイトに厨房任せるって。いくらおばちゃん数人いるからってさあ。
そんなひまじゃないよここ。渋谷だよ。240席だよ。
その日の9時ごろ、チーフから電話。
チーフ・・・
「お前さぁ。明日と明後日来れる?」
俺・・
「はい。大丈夫です」
チーフ・・・
「俺、結婚するから。明日彼女の両親にあいさつ行くことになったから。休むわ。
店頼むね」
俺
「あっでも・・・」
チーフ・・・
「発注とかわかるよね、いつもとおんなじようにやっといて。あっ予約もいつも通りでいいから」
俺・・・
「はい。多分大丈夫だと思いま・・・・・・・・・す。」
チーフは電話をきってしまいます。
返事したはいいけど・・・今日は問題なかったけど・・・あと2日も?
店長に報告します。
店長・・・
「○○君。チーフすごく君のこと信用してるから大丈夫だよ。よろしくね」
おいっ。この会社大丈夫か?
ファミレスじゃないんだよ。ここは。ハマチだって1っ匹どんってきて、それ三枚におろして・・・
マグロも柵どりして・・・、しめ鯖だって・・・カレイだって・・・豚の角煮だって・・・三杯酢だってぇ~~~~ぜ~んぶ作ってたんだよ~。お通しどーすんの。指示なきゃ出来ないじゃん。
てきとーにやれってかぁっ~。予約の刺身盛り合わせだけはチーフやってたじゃん。それも俺かい?
ハイやりました。ほぼ毎日やってたんでお通しぐらいどーってことないです。
ロスになりそーなもの適当にアレンジしました。
刺し盛り。問題ないです。大根の桂剥き。ほぼ毎日やってました。
発注?いつもやらされてました。棚卸も。
だから、確かに何も問題ないです。
でもさ~
いくらいつもやってるからってさあ。監督なしで、学生アルバイトにやらせないでしょ。普通。見習いだっているでしょうがぁ~。
二キロ痩せました。三日間で。とにかくチーフいない時事故だけは起こしちゃいけないって思ったんで。めちゃくちゃ気が張りました。
この三日間多分忘れないです。ものすごい経験でした。
チーフからお土産いっぱいもらいました。余計なものまで・・・
(チーフの元カノ。チーフめちゃくちゃかっこいいんです。喧嘩も強いし。(一度渋谷センター街で大喧嘩)だから?もてるんです。)
でも・・・・
さすがに無理でした。
かなりっていうか・・・ものすごく美人なんです。
・・・学生には無理。あんなきれいな年上の女性。
何話していいかわからない。
彼女から・・・
「私は大丈夫。君も無理しなくていいよ」って言って手握られた。
(さすがに童貞ではないんで鼻血は出ませんでした(笑)・・・)
ということで一回デートしておしまい。(映画見てご飯)
今でも覚えてます。私当時20歳。彼女いくつぐらいだったんだろう。チーフ28だったから・・・
ホント半端なくきれいな方でした・・・
「チーフなんなんだい?こんなきれいな人嫁さんにしないんかい?」って思いました。
と、そんなことがありました
あとこの年に
ちゃっかり調理師免許も取りました。
いっぽう木島平・・・
去年と同じく夏も行きます。
この夏、学生チャンピョンの日体大が来ます。
さすがインカレチャンピョン厳しいです。半端ないです。
1年生がかわいそうで。かわいそうで。だからいろいろフォローしました。
そうしたらさすがキャプテン。よく見てます。
合宿打ち上げの日よばれまして、みんなの前で感謝され打ち上げ強制参加。
めっちゃ楽しかったです。VIP待遇ですからね。
そして、来年又来るから、今年のように、1年生のフォローよろしくと頼まれます。
あれはうれしかったですね。
それからというもの日体大の試合にはオーナーと何度か応援に行きました。
日体大。あのロスオリンピックの銅メダリストの山本さんがいらっしゃいます。
(ひとつ上の学年。)
そして冬。
3シーズン目になります。
私はほとんど厨房にいました。そして居候とアルバイトさんの管理もします。
(学生の居候、アルバイトの管理は全て私。それをみて、オーナー夫人が地元のおばちゃんの手配をします。)
その日の作業割り当ては私が決め食堂脇に張ります。厨房わきの食堂の一角でみんなご飯を食べたり、休憩するんで、ここが指令塔みたいなもんです。
私は基本居候なんですが、忙しくてスキーに行けない時もよくあるんです。
朝は食堂のカギを私が持ってるんで鍵を開け、暖房をつけ、湯を沸かし、炊飯器のスイッチを入れる。これがまず私の朝一作業。
だから、私が行かないと何も始まらないんです。
そこから1日の仕事になります。
私の仕事はだいたい、朝食の準備、かたずけ(めど着くまで。)、昼間の食堂の仕込みと、夕食の仕込み。その合間で学生アルバイト、居候の仕事の進捗状況のチェックとフォロー。ランチタイムは食堂。その後休憩(スキー)、夕食準備と後片付け(めど着くまで)次の日の朝食の段取りと、仕込み。全ての作業が終わり厨房のクローズをおえてから、翌朝到着のお客様の確認と宿泊客などの入れ替え確認。作業スケジュールの作成。食堂売店のレジ閉め確認立ち合い。(売店22時クローズ)ここまで終わって、最後、オーナー夫人と次の日の打ち合わせ確認。
(繁忙期は、この他にオーナー仕事のお手伝い。)
朝5時半ごろから、夜は、打ち合わせ終わって23時頃。今でも1日の動き、全て覚えてます。
学生アルバイト、居候はわからない事あるとみんな私に聞きます。繁忙期は私が3人くらい必要になるんです。
オーナーも忙しいし、オーナー夫人も忙しい。自然と<オーナー(夫人)→私→アルバイト、居候>という命令系統が出来上がっていました。土日、年末年始などの繁忙期、学生が少ない時、私は休憩ありません。アルバイト以上に働きます。
私にとってはお金じゃないんです。
ここでの経験が全てでしたから。
(近隣のロッジのオーナーさんから「私を貸してくれ」とか、「○○君いて○○オーナーいいね」ってよく言われていたみたいです。)
最初はスキーがメインだったんですが、3年目になるともうここの生活がメインなんです。楽しいのなんのって。
この冬。コックさん変わりました。バリバリの和食職人。
怖かったです。私が皿洗ってると怒るんです。
「それは他のアルバイトにやらせろ。お前は俺の手伝いしろ」って。
おかげさまでまたしてもいろいろ勉強になりました。
その板前さんのいない時を見計らってこっそり引き出しを開け、1冊の本を開きます。
「料理は真心である」
しびれました。
あの時の感覚今でも覚えてます。
2月。
怖い板前さん途中でやめました。
ロッジのオーナー夫人と残りの営業期間コックさんなしでやります。
2月無事にスキー検定1級取ります。
これで来年準指導員受験資格ができました
これを聞くとみんな元気が出る。
そう
エディ・ヴァンヘイレン。ジャンプ!
REO Speedwagon - Can't Fight This Feeling
そして80年台といえばディスコからクラブへ。・・・やっぱりこの3曲。
友達の友達がマハラジャでミキサーやってたからノンストップテープもらったなあ。
Michael Fortunati - Give Me Up