ひなまつり | 翼のいる生活

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ロングコートチワワ♂ 翼のいる日常

【2歳】

桃の節句

春を感じる陽射しはあるものの、風が冷たい霧

諏訪湖は、まだ一部結氷しています。
写真には写っていませんが、岡谷方面では「わかさぎ釣り」してましたよ。

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今年のひなまつり、歴史を感じるお雛様に会いに行ってきました。

毎年この時期になると、国の重要文化財にも指定されている
「岡谷 旧林家住宅」 に、江戸時代 享保年間(約250年前)から現代に至るまでの雛人形が展示されます。

いつも見逃していたのですが、週末のひな祭り
今年こそはお伺いしてきました。


享保雛 250年前のお雛様。
当時どんな方がこのお雛様を眺めていたのでしょう。
歴史を感じる品には、何とも言えないパワーがありますね。
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大正から昭和初期のお雛様。
着物の色合いや、お雛様の顔つきもかなり現在のものとは異なり
落ち着いています。
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昭和のお雛様がずらり。
お内裏様の配置が享保雛や大正雛と左右逆なのがわかりますか?
昭和天皇ご即位の際、左に天皇様 右に皇后様がお立ちになったことに
習って、現在のお雛様はこのように配置するようになったのだそうです。
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松本の「押絵雛(おしえびな)」(明治~大正の作)もありました。
私は初めて拝見したのですが、羽子板から派生したものだそうで
こちらの地元の方には身近なお雛様のようです。
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雛人形展の動画がありました。
詳しくはこちらをどうぞ。 旧林家住宅・雛人形展



今回、お雛様にも歴史を感じましたが、同様に感銘を受けたのは
この旧林家住宅です。

岡谷が製糸業で栄えていた歴史は、何となく知っています。
でも、その繁栄は私の想像を超えたものだったんだろうなぁと、今回こちらを訪れて感じました。

金唐紙 がふんだんにに使われ、当時は相当きらびやかでモダンな住宅だったのでしょう。
和室ながら、窓は上下に上げ下げする西洋風なものであったり、
洋風の応接室に隣接された茶室は、商談成立後西洋のお客様に
日本のおもてなしを楽しんでいただくためのしつらえであったり。
近代日本の産業革命期、時代の先端を行く経営者のお宅は、このようなものだったのかと楽しく拝見しました。

林国蔵氏は、木にこだわりを持っていらした方のようで、
住宅のあちらこちらに今では本当に貴重な木材を使われています。
珍しい木目の柱、多種多様な木材で作られた箪笥、一部はその場で組み木されたのではないかと思われる寄木細工の壁板など、知れば知るほど見ていて楽しいお宅です。


享保雛が飾られた床の間には、立派な「狆くぐり」なるものがありました。
日本原産の愛玩犬 白黒の狆がくぐるもの?
しかし、この彫りも立派ですねぇ。
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この欄間も、いかがですか?
板に厚みがあるから、彫刻としても非常に重厚な感じです。
空間がとても大きく、欄間としても珍しいのだそうです。
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建具の取っ手も一つ一つ異なる金具がはめ込まれていたり、
障子を後ろに影絵のように木の彫り板を見せたり、
建築に詳しい方なら、もっと色々見ながら唸ることあるんだろうなぁ。



さてさて、見学中車でお留守番だった彼。
諏訪湖岸でお散歩して帰りましたが、風が寒い寒い。
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元気はつらつ、凍った水面の方向へ。
君は乗っても大丈夫だけど、母さんは乗れませんので。

今日は翼のマシな写真がないので、このへんで。

(追記)
昭和天皇、何故右に並ばれたのだろう?
気になって調べてみると、プロトコール(国際儀礼)が右上位だったため、昭和天皇ご即位の礼はプロトコールに従って行われたとのこと。
左右に優劣があるかと考えると、確かに「右に出るものはいない」「右腕になる」など右は優位。
一方、「左遷」「左前」などあまり良い意味ではないように感じられます。

しかし、日本古来の認識は、論語「天子南面」という言葉に基づき、皇帝などの偉人は南を向いて座り、南を向いた時日の出の方向(東つまり左側)が上座とされた。
今でも伝統を重んじる京都では、男雛が左、女雛が右とすることが多いようですね。

古き日本を知る、いい機会となった雛祭りでした。