萩の旅 9:武家屋敷(青木周弼旧宅・旧木戸家) | 旅中毒

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2018/2/25

 

このお宅はどこだったかしら…? 昔はこんなのメモが無くても思い出せたのに、今では10ヶ月も経つと何もかもが記憶の沼に沈んでしまう。

 

 

ここは旧野田家住宅。住民がいるので内部は見学できません。

 

そしてこちらが青木周弼旧宅。幕末の医師で、毛利敬親に召し抱えられ萩藩の藩医を務めた人。

 

長崎でシーボルトに師事した、当時日本屈指の蘭学医でもある。さらに、西洋医学だけでなく、西洋兵学を修めたそうです。マルチな才能を持った人だったのね。

 

昔の方が、こういう多方面に才能を発揮する人が多かった気がする。高等教育を受ける機会を持つ人が少なかったせいで、そういう人にはむしろ多分野に手を伸ばす余裕が与えられていたのかしら。あるいは、最近の教育や仕事の専門性が高くなっているからなのかな。

 

この家でたくさんの学生を教えていたそうで、教室として使うためか、大きな広間があった。

 

縁側とか戸袋とか好きなんだよな私…。戸袋はともかく、縁側のある家って減ったよね。

 

数軒挟んで、木戸孝允旧宅があります。この家の造りは面白かった。

 

元の名前の桂小五郎の方が馴染みがある気がする。生まれてから江戸に出るまでの20年くらいを過ごした家。彼のプチ博物館みたいな状態でもある。ここが生まれた部屋だって。

 

2階もあるし、1階も広いんだよ。

 

これは表とは別の玄関だったかな。こういうトコ好きだ。ここからこういうお客が来て、こっちの部屋に通して…とか想像するのが楽しいんだよね。

 

仏間とかいろいろあったけど、メモ取ってないので何が何だかになってしまった…。撮影した自分は見直しても面白いけど、ブログに乗せるには、説明もなくただ部屋の写真を連続アップしたって「だから何」状態だもんね。

 

庭には降りられません。こっちの縁側も好き。

 

私は別にお手洗いネタが好きってわけではないのですが、こういう部分がどのような仕組みになっていたかにはとても興味がある。右の写真が、汲み取り口かな?

  

 

前に会津で見た、復元された家老の家では、お手洗いの下は砂を敷いた大きな箱になっていたっけな。掃除する時は、その箱を引き出すようになっていた。こういう機能を知るのが楽しいんだよね。お風呂でも、風呂場に焚きつけの機能があったのか、よそで沸かしたお湯を運んでくるタイプだったのか(この場合はお風呂と台所が近かったりする)、排水はどうなっていたか、そういうのが知りたい。

 

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