昨日、子どもたちたっての要望で、『房総のむら』に行ってきました。
江戸時代を再現した町並みや、当時の豪農家、武家屋敷等が広い敷地内に悠々と建てられており、もし自分たちしかいなかったら、タイムスリップしたような気持ちになります。
映画やドラマの撮影でもよく利用されているようです。
入場料は子ども、65歳以上は無料、また着物で来場された方も無料だそうです。
商家の町並みでは、お煎餅焼きや手漉き和紙など100~500円程度で簡単な体験ができます。
お母さんみたいなおばさま方が優しく教えてくれます

ちなみに娘たちは、
絵蝋燭作り、和紙漉き、お煎餅焼き、を体験しました。お煎餅は味付けも自分でするのですが、醤油&海苔より、醤油&砂糖の美味しさに次女は目覚めたようです。
薬味の七味作りは1時間かかるそうですが、他はだいたい10分から20分です。
なにぶん江戸時代ですから、屋敷は夏を旨として建てられてますから、寒いっす((+_+))
温かくしてお出掛けください。
体験中も寒いですよ


房総のむら近辺の案内図があり、そこに龍角寺という古刹を母が見つけて、今年は辰年だし、ここに行ってみたいという話に。
帰りに寄ってみました。
迷いそうになりながらも、細道を行くと裏寂れた寺らしきところに到着。人気がない。というか、本堂がない

ここには国宝指定を受けた白鳳時代の秘仏薬師瑠璃光如来がご本尊として奉られ、その眷蔟として波夷羅大将辰神が脇を守っていらっしゃいます。そんな秘仏が鎮座しているとは思えないほど現代的で質素な本堂が、確かにありました。賽銭箱はあるけれど、『昨今悪質な賽銭泥棒が頻発しているため、賽銭はお控えください』と貼り紙が。
その昔、時は元明天皇709年、天から龍女が舞い降りて、一晩にて寺院を建てたとか。龍女が建てた寺ということで、龍閣寺と名付けられた。
天平3年731年、その年は春からの干魃で人々は困窮、聖武天皇は諸国の寺院に雨乞いの祈祷をさせていると、ある者が『下総国に龍女が一夜で建てた龍閣寺という寺がある』と奏上した。天皇の命を受け、龍閣寺では昼夜を問わず祈祷が行われた。すると一人の老人が進み出て言うには、
『私は印旛沼の主です。ありがたいお経のおかげで私のこの世の罪が消えました』
寺の釈命上人は
『ではあなたは竜の化身なのですね。それなら雨を降らせて人々を救いなさい』
すると老人は、
『自分はまだ小竜の身。大竜の許可なく一滴の雨も降らせることはできない。しかし皆様の有難いお経で救われた今、この身を捧げましょう。私が雨を降らせれば、この身は3つに裂かれ印旛沼に落ちます。頭は龍閣寺、腹は印西の地蔵堂、尾は匝瑳の大寺に納め、どうか私のために祈ってください。』
天はにわかにかき曇り、大雨が大地を潤し、雨は七日七番降り続いた。そして約束通り、印旛沼に落ちた竜の亡骸は各々の寺に葬られ、龍閣寺は龍角寺、地蔵堂は龍腹寺、大寺は龍尾寺と名を改めた。
かつて龍角寺は、たくさんの談義所が設けられ、教義や聖教について熱く論議が繰り広げられ、また多く訪れる僧俗により数々の貴重な文物が持ち込まれ、学問のみならず文化交流の場としての役割もあったようです。
徳川家康の時、寛永寺の直末となり、明治には比叡山延暦寺の嫡末ともなっていることから、国からの安堵も篤く、手厚い扱いをされていたようです。
時は今…
寺の敷地内には息を潜めたように多分ご住職の住まう家屋が一棟。
境内の奥に、苔蒸した小径をみつけた。そこだけ血が通ったような温かさを感じ、長女と二人誘われるように立ち入った。緩く下ったその先には、同じく苔むした古く小さな石塔がちんまりと並んでいた。
お墓でした。
そこだけはなぜか多くの人々の慈しみを湛えた安らぐ場所と私と長女は感じたのでした。




」
」
だから知ってる道しか走らない。おのずと知ってる道は少ない



今検索するよ
……あれ?圏外じゃん

渡せ
」
そこ曲がって









?道路が光ってる
池
