昨日のまとめ①で書いてありましたが、息子は2年生の1月受けた入塾テストで、算数85点、国語28点でしたね。それでも入塾可であり、そのままプール生として入塾し、2月成績入塾するまで、いただいた算数プリントを頑張りました。そして、2月、つい正式な浜学園生になりました。


3年生(浜の学年):

土曜スクールなので、算数と国語で四時間。ものすごい落ち着かないの子でしたので、なかなか四時間集中できなかったね。授業から帰って、内容を聞いたら、何も答えることができなかった。えぇ~、忘れたとか、えぇ?そんなことあった?とか、とにかく家帰ってから、一からすべてをやり直し。算数も要点をもう一度教え、そこから宿題に入る。国語は、全く話にならなかった。テキストに絵をかいたりして、全く聞いてなかったようでした。仕方なく、私がいつも夜遅くまで付き添いで、もう一度授業・・・

なんのため塾に授業料を払っているのよ!わかってくれよ!の毎日でした!

土曜スクールなので、今週受けたテストの結果は翌週しかもらえず、なので、当日受けたテストの出来具合もわからないままで、次の単元に突入。だから、結局、一つの単元を習って、宿題をやっていても、すぐには確認テストの結果がわからないままでした。

親も子も三年生の勉強よくわからなかった。

その時の息子、字きたない、算数式書かない、図も書かない。

宿題の時間がかなりかかりました。

そして、公開テスト、国語は常に30台。よくても40前半。算数は何とか50ぎりぎりの状態でした。

もちろん、クラスは一年間Hクラスでした。

一年間、勉強態度で、ほぼ毎日怒られ、それでも全く効果ありませんでした。

そして、私は怒った後、すぐ後悔してしまい、可哀想だなって自分で反省しながら、泣きます。日曜日になると、二人を公園へ連れっていって、思い切って遊んでいた息子を見て、彼には、こういう生活をさすべきでしょうか?無理やり受験勉強させていいの?と自分に聞きます。



4年生:

わけわからないままで、四年生としてスタート。もちろんクラスもH。その時、息子のHはごく普通だと思いました。Sに上がれるわけがないって思いました。

しかし、娘はSクラスのスタートでしたので、それを見て、息子が”いいなぁ~”ってかなり羨ましがっていました。”でも、俺は国語がだめだから、無理よね”ってまた独り言をいう。

私も、彼は、例えSに上がっても、二か月で降りるわ。だって、国語は全くできなかったよ。Hクラスの国語もずっとビリでしたから。

Hは彼にふさわしいだと、私は勝手にそう思いました。

しかし、4月1日から、まさかのSクラス昇格。(笑)本当にびっくりして、本人は、もう喜んで喜んで、教室から走って出てきて、通知表を手に持って、遠いところから”俺Sに上がったよ”と。

へぇ?うっそ!でも、本当に上がりました。

じゃあ、上がったら下がらないように、国語を一緒に頑張ろうねと、私もやる気が出て、彼と一緒に毎日国語の勉強をしました。しかも、かなり遅くまで~ たまには一晩国語しかやってなかったり・・・

 すごい頑張ってるなって思われるでしょう?全然違いますよ!

もう毎日国語で大喧嘩、一生懸命説明してあげてるので、ぼーとしたり、あくびしたり、何も聞いてくれなかった!腹立って何回テキストを破ったかわかりません。何回夜中1時まで無理やり文章を読ませたかもわからない!もうとにかく国語!国語!

真夜中、私の怒鳴り声がすごい響いたと思います。だから、昼間人と会うたびに、ごめんなさいって謝りました。

こんな感じで年末までやって、もう私は耐えられなくなった。今になって思うのですが、その時の息子も耐えられなかったでしょうね。だって、わからないことはわからないもん!読んでも意味わからない文章、興味なんかないもん!それなのに、こんなに毎日怒られていて、本当に彼も大変だったなぁ~

 とうとう耐えれなくなり、もう彼の国語は、私は教えることができないわ。なんとか手を打たないとと思い、家庭教師を探し出した。

全く経験もなく、相談する人もいなく、とにかくネットを使い探しました。最終、辿り着いたのは、家庭教師のトライでした。学生先生、準プロの先生、プロの先生って、ランクがありますが、プロの先生になると、かなりの値段。受験ですから、やっぱりそういう時はプロの先生しかないねと、毎月高い月謝を払って、プロの先生に教えてもらうことにしました。

 しか~し、全く効果がなかった!プロという名だけで、受験のこと何も知らず、宿題だけを教える感じでした。毎回に時間で、息子が”今日も宿題三題できたよ”と大喜び。中身を確認したら、ただ先生が添削しただけ、どうしてこの答えになるのか全く説明もなく、

授業のほとんども雑談でした。息子としては、すごい楽しかった。いろんな話ができるから。でも・・・・ こんなでいいの?だって、やっていた文章もう一度内容を聞いても、何も答えられなかったのよ。これはどうも怪しい。でも、ほかに何も方法がない。やめたら、また喧嘩の毎日に戻ります。もういやです。。。

そういう思いのまま、この家庭教師とは、半年も付き合いました。

夏から、また私が国語の担当になりました。もちろん、喧嘩再開!


四年生になり、理科が増えましたね。最初は暗記分野がほとんどですので、文系嫌いの息子、本当にそういうのが苦手です。なので、最初から苦手意識をさせないように、毎日三人で一緒に理科をやりました。お互いクイズ形式でゲーム感覚で理科を勉強。そういうやり方で、復テはほぼ毎回ベスト、そのおかげて、理科嫌いなんかありませんでした。スタートはうまく切りました。しかも、その年の理科のT先生は、とてもベテランで、授業が面白い。子供たちに大人気です。なので、4年の理科はとてもうまくいきました。


算数も、大好きなW先生が担任で、とても息子のことをかわいがってくれました。息子もその先生のおかげで、いろんな問題にどんどん挑戦し、算数の成績もかなりよくなりました。しかし、やっぱりくそ猿男子、式書かない!図書かない!字きたない!ひっ算しない!

もうほぼ毎日宿題のやり直し!”やりたくなかったらやめなさい”

”誰も好きで塾行かせてるではない”とか、本当に毎日毎日同じことで怒られた。算数の頭ですが、雑なやり方で、偏差値なかなか55を超えることができません。

 結局、四年最後の二か月は、Hに戻りました!


5年生:

もうさすが5年になったら、私的には、受験をかなり意識し出し、焦り始めた。算数は週二回になり、国語も文章が難しく、長くなります。理科は、試験問題の8割の内容は5年で習う・・・

説明会でこれらのことを聞いて、頭がパニック。

 四年最後の二か月Hに戻り、さすが彼は悔しかった!必死に頑張って、何とか5年はSからスタート。5年からは、SとHは別々の授業になるので、絶対Sの上位を死守だよと念押ししました。

 でも、やっぱりその時も国語!全くうまくできない!でも、どうしようもないです。とにかく私の力で何とかしようと必死でした。

時間節約のため、毎日子供が寝た後、夜中まで一つ一つの文章を読んで、問題を解いて、解説を読んで、息子にどうやって説明したら一番わかりやすいかを一生懸命頑張りました。

 でもねぇ、本当に難しいですね、受験の国語は!まともに日本語を勉強したことのない私には、本当に大変でした。

その時、本当に毎日3時間の睡眠時間でした。

でも、その頑張りで、息子は何とか復テは平均ぐらい取れて、公開もまぁ、40後半なったりもできました。

 まぁ~、順調に進んでいるなと思っていたその時、(5年の7月)、

ある日、教室から電話かかってきました。

”実は、ほかのお子さんからのクレームですが、毎回復テの時、xx君がいつもテスト用紙を机の下に持って、何かを書いているような感じです。その子曰く、カンニングして、ベストを取ってる。今日は事務室まで二人を呼んできて、話をしましたが、本人は何もしてないと言い切っている。もちろん我々も証拠がないから、何とも言えませんが、その行為はやっぱり疑われる行為なので、彼の席を一番前の、先生の目の前の一人席にしました。復テの採点も相互採点ではなく、先生が採点してくれます”と。

 これを聞いた私、本当に頭が真っ白!カンニング!この子!

私的には一番許されないことです!でも、証拠もないので、確かに君がやったとは言えません。とりあえず帰ってきたら話を聞いてみようとしました。帰って、事情を聞いたら、いくら叩かれても、怒られても泣かない彼は、大泣き!”俺はやってない!前のxx君が俺の点数ばかり見ようとするから、俺はいやだった。だから、机のしたにおいてるだけ”。それを聞いて、私も思いました。塾の話では、常習犯のようですが、なら、どうして監視カメラでもう少し様子を見ようとしなかたの?私も彼がやったかどうかわからないので、何も言えませんが、とりあえず彼に”これから人に疑われる行為は絶対しません!そして、今一人席ですので、頑張って勉強して、毎回復テをベスト取るようにして、実際の成績でみんなに見返そう!悔しいでしょう!私も悔しい!だったら、一人席で、先生が採点!そういう状況でもベスト取って、自分の実力を証明しよう”と話しました。彼はよっぽと悔しかったでしょうね、”うん、絶対頑張る”と答えてくれた。あれから、この子、本当に火がついたようで、復テだけではなく、公開もどんどん伸びていて、5年の8月から成績本当に高速成長し、私もびっくりしました!この事件、本当にある意味よかった!今は、息子とそのクレームしてきた子とすごい仲良しです。

 こんな中、たまたまですが、西大和の岡山会場の説明会を聞く機会がありました。へぇ、素敵!と私はすっかりと惹かれ、生成期絶好調の息子に”ここに入ろう”と勧めました。

 そして、その件について、教育相談も受けました。その時、”この国語は無理でしょう。算数も安定できたらいいけど、6年に入ったらかなり難しくなり、彼はやっぱり算数のやり方は雑だから、安定できないよ。西大和は岡山白陵と違って、別格ですから。頑張れば、愛光は目があるかな”と言われた!

 もうショックでした!やっぱり無理だ・・・でも、あきらめたくないな・・・という残念な思いで、5年が終わりました!


6年生:

国語の成績で西大和をあきらめないといけないなら、やっぱり国語を何とかしなくちゃ!と思い、また個別を探し出した、今度は思い切って姫路にあるSS1に駆けつけた。先生に泣きついて、何とか国語のレベルをアップさせてくださいと。

それから、毎週土曜日朝早く、車で姫路へ。授業の間、私は車の中で時間潰し。忘れられないのは、ある日、朝起きた私はすごくしんどくて、でも、体温を計ったら、絶対落胆してしまうので、そのまま体温計と熱さましをポケットに入れ高速を走りました。息子を教室に送ってから、車で体温を計ったら、39度でした。ヤバイ!これは帰り大変だ。そのまま熱さましを飲んで、車の中でなんと3時間も寝ました。汗かいてぐっすり寝たから、とてもすっきりして、無事に岡山に戻りました。

今思うと、本当によく頑張ったなと、感激!

SS1の指導もよかったです。公開二か月連続偏差値50を超え、効果も出たようですが、教室側の事情で、教室が閉鎖することになりました。

 えぇ?どうする?本当に困りました。


でも、いろいろ考えて、やっぱり西大和はうちにとって無理だわ。無謀すぎる!コツコツ頑張って自分の行ける学校を目指せばいいよと考え方を替え、5月から西大和の夢をきっぱりとあきらめ、岡山白陵の専願に変わりました。岡山白陵なら、苛酷な浜学園の夏期講習も必要ないし、日特も難関コースで十分だ。夏期講習の代わりに、地元塾で岡山白陵の過去問中心にやりました。

 その時のことです。この塾の塾長に”あんたの成績なら、岡山白陵は勿体ないよ、君は西大和を受けるべきだ。受かるよ”と言われたみたい。今でもはっきり覚えています、8月2日、塾からかえって来て、俺、やっぱり第一志望校を西大和にする!今から西大和の過去問をやってみる。と言って、2014年の算数問題をさっそくやって、103点でした。”俺行けるかも、出来る”ってかなり自信がつき、あれから西大和一本になりました!

 でも、私的には、”西大和は算数だけで合格できないよ、理科、国語、どうする?”って不安で仕方がなかった。西大和を受けるということは、岡山白陵は非専願で受けないといけません。これはかなり厳しい。なら、高砂白陵の方はまだ可能性があるので、そこを抑え校にしないといけないなと思いました。

 そして、その方針で、西大和をめざし始めた息子ですが、9月、10月の国語の公開、急降下、なんと!10月は30台。

 こんな状況の中でも、彼は”西大和”の夢をあきらめなかった。

なら、絶対その夢を実現させようと、私も必死に動き出した!


残りに二か月半、怒涛な日々でした。


最後の最後まで夢をあきらめず必死に頑張った甲斐がありました!


受けた6校すべて合格!念願の”大和夢”、やっと実現できました!


四年間の長い受験生活、本当にいろいろとありすぎ!


でも、今は最高に幸せ!