ジオラマの日常 / 旅の非日常

ジオラマの日常 / 旅の非日常

1990年代前半の仙石線・仙台駅をイメージしたジオラマの日常と、一人旅の非日常を行き来しています。

最近はどこもお出掛けせず、ずっと自宅に籠る毎日。自宅に籠りながら布団の上で1日中グ~タラするのも大好きなので、全然苦ではないのですが、久しぶりにどこか遠くへ一人旅したくなりますね(^^;)。今は遠出できないので、ブログで10年ほど前へタイムスリップです。

 

今回はジオラマ・仙台駅ではなく、東京都内からスタートです。

 

行き先は人生初めての四国・・・なんですが、旅の出発駅は何故か上野駅。東京から新幹線で行くか、羽田から飛行機で行けばよいものを、上野から北へ向かい、北陸本線を経由していくという、えらい遠回りで無駄なルート(笑) そして、今まで旅行した中で、唯一トラブルの連続で予定が大幅に狂った旅行でした(笑) 

 

2009年の某日、都内で仕事を終えた後、帰宅せずそのまま上野駅へ。

 

 

 

▲ 上野駅から、今は無き急行「能登」で金沢へと向かいます。ただ、もうこの時点で旅行が大幅に狂います・・・。

 

▲ 発車は23:33。でも左側に写っている駅の時計を見ると、0:30。出発どころか、まだ乗車すらできていないんです・・・。

発車時間が1時間も過ぎているんですよね・・・。これは東北本線内での大雨による冠水の影響・・・。

 

でも乗る列車は高崎線を走るので、そんなに影響ないじゃん・・・って思うかもしれませんが、この列車、急行「能登」の前に、「ホームライナー古河」として上野~古河を走るんです。古河は東北本線の駅。うる覚えですが、駅構内の放送では確か栗橋とか古河あたりの冠水の影響で~・・・なんて言ってたと思います。したがって、高崎線へ向かう急行「能登」も思いっきり影響を受けているんです・・・。(ホームライナーの運用が無ければ、多少の遅延で済んだのでしょうねぇ)

 

0:40頃に車内清掃が終了し、ようやく車内へ。その後もすぐには出発しなかったような・・・。

そして上野駅を大幅な遅延で旅が始まりました。

 

 

 

真夜中の高崎・上越線を経由し、長岡で方向転換して、北陸本線に入り西へと向かいます。

 

 

 

 

▲▼ 遅れは少ししか回復せず、7:30頃???に金沢駅に到着。乗ってきた「能登」はすぐに車庫へと回送。わざわざ無駄に遠回りしたのは、雷鳥のパノラマグリーン車に乗車して大阪へと向かうためだったのですが、大幅遅延で間に合わず・・・。後続の「雷鳥12号」に振り替えです。

▲ 「雷鳥12号」はパノラマグリーン車はついてません・・・。右側は、雷鳥のちょっと前に大阪へ向かう「サンダーバード」。

北陸本線内をこまめに停車する「雷鳥12号」に対し、こちらは途中の停車駅が福井・京都・新大阪のみの速達列車。しかも最も停車駅が少ない列車。振替はサンダーバードでも良かったんじゃない???

 

 

▲ 左の画像のグリーン車になってしまったので、前面展望は楽しめず・・・。でもまぁ、同じ国鉄485系なので、良しとしましょうか。

てか、前面展望じゃないのなら、グリーン車じゃなくても良かったじゃんっ!!

 

▲ 敦賀を過ぎたあたりでしょうか?

 

▲ 北陸本線から湖西線へ・・・。

 

▲ 新大阪駅到着直前に、新宮行き「くろしお」とちょっとだけ並走。向こうの先頭車はパノラマグリーン車ですねぇ。

 

新大阪を過ぎると、淀川を渡ってすぐに終点・大阪に到着です。

 

 

 

 

【2009年】予定が狂いまくった、初めての四国旅行(2)へ続きます。

 

 

 

▲ 仙台駅地上ホーム時代の8番線に停車中の快速うみかぜ号。

 

2000年、仙石線の歴史が大きく変わりました。3月10日をもって仙石線の仙台~苦竹間の地上区間が廃止され、翌3月11日からは仙石線は地下区間を走ります。

 

あれから20年が経過するんですねぇ。

 

▲ 各在来線ホームとの連絡地下通路を通り過ぎた先にあった、仙石線ホームへとつながる階段。

 

▲ 仙台駅9番線で出発を待つ快速「うみかぜ」号。

2004年に「うみかぜ」の愛称がなくなり、2011年3月11日の東日本大震災(しくも地下化された日と同じ3月11日)によって、仙石線全区間を走破する快速列車は消滅しちゃうんですよねぇ。震災以降の快速は、あおば通~高城町間。2015年に仙石線が全線再開すると同時に、東北本線と直通運転を開始(仙石東北ライン)しますが、仙石線内のみを走破する快速はそのまま消滅しちゃいます。

東日本大震災がなかったら、仙台~石巻間は従来通り仙石線の快速が走っていたでしょうし、東北本線との直通運転もやらなかったんでしょうね。たぶん。

 

▲ もし仙石線が地下化されなかったら、仙台駅の地上ホームとか、どのように変化していたんでしょうかね?

 

▲ 「あなた、遊覧船の時間、確認したほうが良いんじゃない?」

 

▲ 「あれ? あそこにいる人、部長じゃない?」

 

▲ 「ウチの車、そろそろ車検なのよねぇ~」 「出費痛いよねぇ~」

 

▲ 「松島海岸まで行くには、次の快速に乗って~・・・」

 

▲ 「この後会社に戻って会議かぁ。眠くてやんだくなるわ~」

 

▲ 「あら? あのバック、忘れ物???」

 

▲ 「今日のお昼は立ち蕎麦でいっか~」  「うわっ! 結構混んでるし・・・」

 

 

 

 

 

 

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▲ 仙台駅 仙石線国電のりば ジオラマトリップ

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▲ ジオラマの駅を発着する一部の編成に、HMが掲出されました。「仙台うみの杜水族館」のHMのようです。文字が小さすぎて全然読めませんね(苦笑) ロゴで水族館のHMであることが何とかわかる感じですね。

 

ちなみに実際の仙石線では、仙台うみの杜水族館のHMは無いですが、今はなきマリンピア松島水族館のHMを掲出した事がありました。

 

 

▲ マリンピア松島のHM。実車の写真がないので、またNゲージですいません・・・。ラッコの下には松島水族館と書かれています。

 

▲ せっかくなので、今日は仙石線で、水族館へ行ってみることにします。行き先は私にとっては思い出深い、今はなきマリンピア松島水族館へタイムスリップです! (うみの杜水族館じゃないのかいっ!)

撮影中、青葉城恋歌の発車メロディが流れてきましたので、急いで乗車します!

 

▲ 「あれ? 乗った電車、東塩釜止まりじゃん。松島海岸まで行かないじゃん・・・。」

 

 

 

 

 

 

▲ 東塩釜より一つ手前の本塩釜で途中下車し、後続の石巻行きに乗り換えます。

やってきた電車はマンガッタンライナー仕様の205系3100番台でした! 

 

▲ 仙台から約40分(途中で後続列車に乗り換えたので実質1時間くらい???)、松島海岸駅に到着しました!

こちらは最近の画像ですが、今現在、松島海岸駅は改築工事中なので、この画像も間もなく、今はなき駅舎の写真になります(笑)

 

▲ 駅から歩いて数分で松島水族館に到着です。

 

▲ 入場券を買って、中へ入ります!

 

 

▲ 行った日は平日なのでガラガラ。でも閉館が近づくにつれて訪れるお客さんも増え、閉館間際には凄い混雑だったとか。

 

 

   ▲   1985年   

後ろの仙石線の電車が違いますねぇ。85年ですと、下のステンレスの電車がちょうど山手線デビューした頃。20年後には仙石線に転属することになるとは・・・。

   ▼   2005年  

 

 

 

 

▲ アマゾンを再現したゾーンだったと思います。なかなか楽しいゾーンでした!

 

▲ 子供の頃は一度も乗ることがなかったモノレール。大人になってから、一度だけ乗ってみました(笑)

 

▲ 書体とか、「デンキ」「サク」の表記がカタカナというのが、いかにも昭和って感じがしますねぇ。

 

▲ 宮城に住んでいた頃は、家族でのお出掛けや、幼稚園の遠足とかでも行きましたねぇ。今見ると、昭和の面影がいっぱい残っててレトロで良い雰囲気。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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▲ 仙台駅 仙石線国電のりば ジオラマトリップ

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