警察官が証拠を捏造する。検察が証拠を捏造する。こういう事件はときどきおこるが、「この人が犯人に違いない」と思ったときに、証拠がなくても捏造して、犯人にしたてあげるのが、警察の常套手段であった。それが多くの冤罪事件をうみだしてきた。
ある小説で、冤罪事件でつかまり無罪を主張するも、獄中で自殺を図ったといういストーリーの小説を読んだばかりだった。かなりあとになって、真犯人が自白するが、冤罪であることがわかると、多くの人が処分を受けることになる。その人の冤罪をはらしても何も得はない。犯罪をおかしたままにしておくことが賢明であると、組織ぐるみで冤罪を明かさないようにしてくる。
冤罪で逮捕された人には本当にもうしわけないが、冤罪であっても事件をひっくりかえさないでほしい人もたくさんいるのだ。
もちろん、今回は60年近くたってしまっている。証拠を捏造した人もとっくに鬼籍に入ってしまったはずである。
ただ、冤罪は今の時代でも繰り返す。疑わしきは罰せずの姿勢を忘れてはならない。今の法律家でも、疑わしくても罰しているのだから。
証拠の捏造をひっくりかえすのは大変なことなのだ。