
こんにちは!
実は劇団員の温井美里(ぬくい みさと)です。
はじめましての方も、とってもお久しぶりの方もいらっしゃるかと思います。
なぜなら
8年半、舞台に出演していなかったからです。
8年半…
小学校なら卒業している。
赤ちゃんだったらかなり普通に会話できるようになっている。
カップ麺だったら149万個作れる。(は?)
そんな年月を経て、約8年半ぶりに天動虫の舞台に出演します。
最後に出演したのは、2018年3月の『Jukebox2018』。
(本公演でいうと、2017年12月の『Salvation-救済-』)
当時、私は大学生でした。
2014年から2018年までの4年間、山ほど舞台に出てました。
天動虫の公演だけでも12公演くらい。
そして、お金がなかった…
演劇をやっていたからである。
いや、演劇のせいにしてはいけない。
でも本当にお金がなかった。
6枚切りの食パンを1日1斤、朝昼夜に2枚ずつ分けて食す生活をしていた時期もありました。
食パンは、安い。腹も膨れる。調理しなくても食べられる。
ありがとう小麦…。
具材はないので、食パン本来の甘みや味の機微を楽しむようになった。
おかげで、どこのメーカーの食パンか利き食パンができるようになった。
そんな感じで、時間もお金もないくせに舞台にはめちゃくちゃ出ていた。(バカ野郎である)
でもそんなバカ野郎でも、割とちゃんとしたことを考えていました。
「社会を知りたい」
「自分の足で立てるようになって、守りたいものを守れるようになりたい」
何より、
「演劇で社会のことを表現するのなら、一度ちゃんと社会に出たほうがいいかも」
そんなことを思って、就職。
働こう!
いろんな人に会おう!
いろんな経験をしよう!
そして、吸収したものを持って舞台に帰ってこよう!!!
そんなことを思って、8年。
帰ってこなかった。
びっくり。
社会、大変…!!
心身ともにいろんなものが削られる…!!
いろんなことが複雑に絡み合っている…!!
目の前の仕事を覚える。
失敗。悔しい。
できるようになる。
また次のできないことが出てくる。
生活する。
人間関係もある。
家族がいる。友達がいる。
大切な人やものができる。
明日の仕事もある。
今日の洗濯もある…
気づけば、演劇のことを考える時間も、体力も気力も、なんかもう余裕がなくなっていました。
2018年4月、社会人になって以来ぱったりと舞台に立たなくなり、
お芝居を観に行くことはあっても、自分が舞台に立つことはないという期間が、
1年、2年、3年…
そのうち、「いつかまた」と思うようになりました。
「もうやらないの?」
と、いろんな人から聞かれるたび、
「いつかまた…」と答える。
「いつか」という言葉は便利である。
予定表に入れなくていい。
締切もない。責任も発生しない。
何もしなくても、夢を捨てていない人でいられる。
そんなある日、天動虫主宰の帆足さんからご飯のお誘いがありました。
「何かあるな…」
身構え。
今回の公演の出演オファーだった。
正直、最初は困りました。
だってもう、会社員としての生活を完成させてしまっています。
仕事する。
休日は休む。(これ重要)
遊ぶし旅行にもライブにも行く。
夜は寝る。
夜は寝るのである。
※大学生の頃の私は知らなかったが、
人間にとって、夜に寝るという行為はかなり重要である。
そこに突然、「芝居」を入れる。
無理だろ。
しかも天動虫である。
私は知っている。
天動虫の舞台は、「仕事終わったあと、ちょっと趣味でやってます!」というテンションでは到底できない。
だからこそ、この8年間、中途半端な状態で「出たいです」と言えなかったのに…
仕事も生活も、プライベートもある。
8年半、芝居してません。
身体も動くのか分からない。
セリフってどうやって覚えるんだっけ?
舞台ってどうやって立つんだっけ?
そもそも私、役者だったっけ…?
いろんなことを考えました。
だから最初は断ろうと思いました。
でも、
出ることにしました。
もう、相当な覚悟です。
会社員をやりながら芝居をする生活に突入して。
めーーーーちゃくちゃ大変。
でも、ある日気づきました。
稽古場にいる時間が、ものすごく惜しい。
あと10分ほしい。
もう一回やりたい。
この人の芝居をもっと見たい。
もっと試したい。
稽古場で過ごす1分1秒が、ものすごく尊く感じる。
誰かがセリフを言う。
誰かが動く。
演出がつく。
うまくいかない。
もう一回やる。
ちょっと良くなる。
そんな一挙手一投足を見ながら、「ああ、この時間、ずっと欲しかったんだな」と。
8年半も離れていたくせに。
本当はずっと舞台やりたかったんだな。
ただ、怖さもあります。
だって8年半のブランクがあります。
当然、ずっと舞台に立ち続けてきた人たちとの差があります。
「早く追いつかなきゃ」
「ブランクを埋めなきゃ」
と必死です。
だけど、客演として8年半ぶりに帰ってきたわけじゃなくそもそも自分は天動虫の劇団員。
「追いつく側みたいな顔してんじゃねえ!!」と背後の自分から殴られました。
8年半ぶりの出演だけど、8年半ぶりの劇団員ではない。
ずっと劇団員だったはずだ。
なのにこの8年間、劇団に対して何かできていただろうか…?
私が離れていた8年。
きっと天動虫には、いろんなことがあったんだと思う。
何よりコロナがあった。
演劇を続けること自体が難しい時期を越えて、それでも劇団は残っていた。
劇団員のみんながいて、
関わってくださる方々がいて、
観に来てくださる方々がいて、
みんなが繋いで、守って、積み重ねてきたものがあったから、
8年半も留守にしていた私が、
「ただいま〜」みたいな顔して戻ってこられる場所があった。
よくここまで続けてきてくれたな、、、と思います。
稽古場にいると、その8年の重さを感じます。
8年間、社会人として生きてきて嫌というほど思い知ったこと。
それは、
「力がないと、自分が守りたいものは守れない」
ということ。
それは経済力かもしれない。
地位や人脈かもしれない。
体力かもしれない。
技術や経験かもしれない。
たぶん、「力」と呼ばれるものは1つじゃない。
やりたいことをやり続けるためにも、守りたいものを守るためにも、力が必要だった。
優しさだけでは、どうにもならないことがある。
「好き」だけでは、続けられないことがある。
だから私は、力をつけたいと思って働いてきた。
できることを増やしたかった。
自分の足で立てるようになりたかった。
でも、
私が力をつけようとしていたその8年間、
私が大切にしていた場所は、
別の誰かが守ってくれていた。
なんだそれ。
めちゃくちゃ悔しいじゃないか。
そして同時に、
私はその8年間、少なくとも演劇においては何も積み上げていなかった。
積み上げてきたものでしか、自分はできないのに…。
私には8年分の積み上げがない。
この期間が「空白の8年半」になってしまうことが怖い。
でも、本当にそうなんだろうか…?
社会に出たことを後悔しているかというと、
むしろ、よかったとも思っています。
8年前の自分は、舞台に立てることを、今よりずっと当たり前だと思っていました。
食パンをかじりながらでも舞台に立てた。
時間も体力も無限にあるような気がしていた。
でも今は違う。
仕事があって。
キャリアがあって。
家庭や生活があって。
いろんな人との関係があって。
立場もあって。
その全部の隙間を縫って、ようやく稽古場に辿り着く。
だから今は、
舞台に立てることが、当たり前じゃないと知っています。
当たり前じゃないから、
たぶん私は、8年前より、舞台に立てることに喜びを感じています。
社会に出て、
誰かに助けてもらって、
誰かを助けられるようになって、
守りたいものができて、
守ることができなくて、
力が必要だと知って。
自分だけではどうにもならないことも沢山あった。
納得できないことも、理不尽も、正しさってなんだろうと思うことも。
それでも投げ出すわけにはいかないから、
抗えないものと折り合いをつけながら、
自分なりに咀嚼して、飲み込んで、また明日を生きる。
それは、
役者としての積み上げではないかもしれない。
でも、
人間としては、8年半、生きた。
だったら、
それを持って舞台に立てばいいのかもしれない。
大学生の頃の私は、若さや勢いはあった。
好きならやればいい。
やりたいだけやればいい。
それができた。
でもお金がなくて、一日食パン一斤で芝居をしていた。
今はもう、食パン一斤で一日を乗り切らなくてもいい。
働いたからだ。
8年間、必死で社会を生きたからだ。
だったらきっと、
あのころ持っていなかったものも、何かしら持ってるはず。
この8年半が空白だったのかどうかはまだ分からない。
でも、
空白だったことにはしたくない。
仕事をしてきたことも、
芝居から離れていたことも、
悔しかったことも、楽しかったことも、全部、
舞台の上に持っていきたい。
そしてできることなら、
私の大切な場所を守ってくれていた人たちに、作品で返したい。
もっといい作品にしたい。
そのために自分に何ができるのか、本番まで考え続けます。
2018年3月から、8年半。
食パン一斤を抱えて稽古に行っていた大学生は、
32歳の会社員になりました。
仕事もある。
生活もある。
守りたいものも増えた。
夜はちゃんと寝たいです。
それでも、
また舞台に立ちます。
8年半かけて、舞台に持って帰れるものを集めていたんだと信じたい。
それが本当だったのかどうか、
ぜひ、劇場で確かめていただけたらと思います。