Fellows災害対策チーム
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最終トイレットペーパーを日本ユニバへ

トイレットペーパー支援 最終報告

【回収状況】
3月   個数
13 日  669
14 日  369
15 日  592
16 日  504
17 日  344
18 日  329
19 日  517
20 日  121
21 日  461
22 日  943
23 日  72
24 日  598
25 日  608
26 日
27 日  462
28 日  280
29 日  1032
30 日  148
31 日

4月
1日
2 日    136
3 日
4 日
5 日
6 日
7 日
8 日
9 日    108
10 日
11 日
12 日
13 日  494
14 日
15 日
16 日
17 日
18 日  332
19 日
20 日  197
21 日
22 日
23 日  729
24 日
25 日
26 日  618


合計   10663

【搬入先】
大阪府庁、茨木市、交野市、日本ユニバ震災対策チームいわき支部


5/19をもって、すべてのトイレットペーパーの配送を完了しました。
最終物資は福島で紹介頂いた 日本ユニバ震災対策チームいわき支部 様の方へ郵送しました。
郵便局の集荷車が家の前に5台も集合しました。
本当に沢山のご協力を有り難うございました!




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「ここへ来るのに抵抗はなかったですか」

「ここへ来るのに抵抗はなかったですか」 福島なまりの言葉でその青年は言った。





Fellows復興・鯉のぼりプロジェクトで
こどもの日を前に、皆様からご提供頂いた鯉のぼりと物資を携え、先発隊が福島県南相馬市の避難所に、後発隊がいわき市に行って参りました。


地震、津波、原発、風評


4つの被害に見舞われている福島に大阪から鯉のぼりを届けたい。
「行くなら原発に近い避難所やな。」


鯉のぼりが復興のシンボルとして福島の空に高く、そして、力強く泳いでほしい。
なにもできないけど、少しでも心の支えになりたい、そんな願いを込めて。



【訪問先】
南相馬市:原町第一小学校、原町第二中学校、石神第一小学校、デイケアーひまわり
いわき市:四倉高校、道の駅よつくら







Fellowsのメンバーが活動報告をmixiに日記をアップしてくれてましたので以下、全文を転載させていただきます。





4月30日、仕事を終え深夜0時、大阪茨木市を出発。
5月1日~5月3日までの、地元高槻で展開しているFellowsという団体での『復興・鯉のぼりプロジェクト』を実行するため、東北地方へ繰り出した。

ボランティア登録しているわけでもなく、独自の取り組み。
日本鯉のぼり協会に協賛をいただき、被災地へ鯉のぼりを通じて笑顔・元気・勇気を届けに行った。

初めは、「日本を動かしてやる」とか、「政治家に働きかけるために」って勇者気取りの考えをしていた。

だが、目の前の光景に言葉を失った…。

津波被害の深刻さ、個人ではどうしようもできない状況。地方の皆々が手を取り合って協力して生きている。

多くの支援物資・義援金によっ街は随分と復興している。もう2カ月も経ったから、というよりも多くの人がこの事件に協力しているからだと思う。

セブンイレブンは営業している。
ガソリンスタンドも、営業再開できているところがある。

ただ、家も財産も家族も、すべてを失ってしまった人にとっては、コンビニがあろうが、買うお金はない。

個人に回すよりも、避難所単位で支援を行っている。個人への割り振りをする地域もあるようだが。

感じたことは、皆がフルスピードで働いている。多額の義援金の仕分け、使い道を定めるのも難しい。

今までにないほどの大災害で、対応に齷齪しているけれど、みんながみんな自分のできる範囲で頑張っている。

中には、「東電のせいだ」とか、「国がなんとかしろ」なんて言う筋違いな人もいるけれど…。自然災害なんだから、誰かのせいとかではなく、皆が手を取り合って協力し合って、まずは立ち上がっていくことが大切。

自分たちの協力できることは知れているほど小さいことだ。
けれども、今回訪れたことによってつながったものを大切にしていきたい。

ニュースでは「電気復旧」「電車開通」「ガス復旧」、嬉しいニュースも飛び込んでいる。
だが、そうでない人がまだ多くいる現状は忘れてはならない。

今回の訪問をまとめた映像を是非みてほしい。

毎日のお弁当・カップラーメン生活から避難所生活の人たちは、少しモチベーションも下がっています。

彼らに求められているのは心の余裕。
物資環境が整い始めた今、新たな問題に直面しています。



まだまだ僕たちにできることはたくさんあるはず。
あの時感じた思いを、もう一度復興のために生かしてみませんか?

一人でできないことは、Fellowsが玄関となります。
具体的な動きはこれからです。

一人でも多くの人が、下手くそな文面と映像から変わってくれればいいな、と思い書かせていただきました。



今日で25歳になりました。

新しい出発を、皆でスタートできればと思います。





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最後の言葉

55歳で帰らぬ人となった元キャンディーズの田中好子さんが残した最後の肉声が、25日、多くの人々が訪れた告別式で公開された。
田中好子さんが生前、天国で被災者のお役に立ちたいと最後の言葉を述べられておりました。




理屈抜きに心が打たれました。
とても苦しかったでしょうに、今にもとぎれそうなお声で、これほどまで他人を想いやれるとは。






天国への扉を前にしても尚
かくも他人を想いやり、強く振る舞うその姿勢には
生かされている自分に恥ずかしさを覚えてしまうほどです。
生きている者は誰もが必ずや最後のときを迎えるわけで、
生きている間は死を恐れ、死を意識したくないと思うばかりですが、
だからといってこのような言葉を発することでさえも難しいように思えます。








私事にはなりますが、
妻の母が去年の春に50歳という若さで天国に旅立たれましたが、
妻の母もまた、直前まで本当に自分たちのことを気にかけてくれていたのを、この動画を見て思い出さずにはいられませんでした。
言葉も発せない状況の中、不自由な体でペンをとり、
「おいしいもの食べてきなさい」
とホワイトボードに書いて見せてきたのを今でも鮮明に覚えております。
自分の体よりも大阪から島根まで飛んできた自分たちのことばかり気にかけてくれていました。



仏様のようという言葉が正しいかどうかは分かりませんが、
まるで、人としての叡智を教えてくれるような、そんな感覚を受けました。










「早くして天国に旅立つには理由があって、向こうの世界で必要とされているからなんです」





こう述べたのは、一昨年お兄さんを亡くされた友人でした。
巡り合わせの縁がこの世に存在するように、来世にもまた必要とされる縁があるのだと思いますし、そう思っておきたいのです。














日に日に、地震による死者の数が増え、行方不明者の数が減っていく。
家族の元へ早く帰りたいのか、「ここにいるぞ!」と、まだ見つけてもらえぬ御遺体が、海から吹く風に混じり、声を臭いとして発していると、現地に行かれた方が口々におっしゃっておられます。
「海行かば水漬く屍 山行かば 草生す屍」
この歌に含まれる陸奥国は今の東北地方に当たりますが、この歌詞にあるような状況が被災地の現状なのでしょう。






生きている我々
生かされている我々が、成すべきこと出来ることは山ほどあると思いますが、
なにかしなければと動くも良し、なにをしなければならないだろうと立ち止まるも良し
ただただ人の悲しみを分かち合い、人の無念を心に刻み込み、人を想い続けることに、
大切な心構えがあるのだと、最後の言葉から感じてなりません。





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