“落ち着き”が無い | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

今の私には“落ち着き”が有りません。

 

妙にソワソワして、動き回りたい衝動に駆られています。

 

その衝動は何かしらの結果を早く得ようとしていて、その「何かしらの結果」とはお金に関わる事だと思います。

 

言葉にすると「早く仕事を決めてしまいたい」という感じですね。

 

焦燥感は感じていないので焦りではないと思いますが、私だけ急いても仕方が有りません。

 

折角なのでこの“落ち着き”が無い状態を観察しようと思います。

 

 

 

お金の本質が“落ち着き”という事は有り得ると思います。

 

「本物のお金持ちは、本当は何を持っているか?」という問いに対し、「“落ち着き”を持っている」というのは答えとして変ではないと思います。

 

少なくとも劣等感(“劣っている”)よりは、本物のお金持ちが本当に持っているものとして相応しいのは間違い無いでしょう。

 

「“落ち着いている状態”は、“お金を持っている状態”である」という可能性は充分に有ります。

 

求めるものは何時も私の中に在るので、動き回ったところで見付かるものではありません。

 

私が動く時は探す時ではなく、それを手にする時です。

 

その為には求めるものと、それが存在する場所を明確にする必要が有ります。

 

 

 

“落ち着き”が無い状態で、ただそれを感じる(味わう)というのは結構難しいですね。

 

冷静に観察すると、「外に向かいたい衝動そのもの」と言って良いのですよね。

 

私はそれを押さえ付けるつもりは全く有りません。

 

ただ、その衝動を正確な位置に向けて発したいだけです。

 

北海道に行きたがっているのに、沖縄に向かわせるわけにはいかないのと同じです。

 

私はこの衝動の味方であって、妨害者ではないのです。