お金の劣等感は何? | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

私の言う「○○な私」や「発見したい自分」が指していたのは、劣等感の事かも知れません。

 

私の中では、もうそう思って良いレベルです。

 

では、「劣等感=自分なのか?」と言うと違うのですね。

 

「自分の一部」とか、「自分のいち側面」という感じなのです。

 

なので、自分そのものではないのですね。

 

これはこれで私の認識が変わって結構な事ですが、私が知りたいのは「お金の劣等感は何?」という事なので、引き続き模索していきます。

 

 

 

若さにコンプレックスが有るとします。

 

この場合、「若作りが過ぎますね」とか、「老けていますね」と言われる事が非常に嫌だと思います。

 

劣等コンプレックスならより引っ込み思案になるでしょうし、優越コンプレックスなら発狂に近い言動を見せるかも知れません。

 

下手をすれば前者は自殺、後者は指摘した相手を殺害するに至る可能性すら有ります。

 

私が知りたいのはこのお金バージョンなのですね。

 

「命に届くレベルで言われたら嫌な事」というものが、お金のコンプレックスにも有ると思うのです。

 

 

 

強さにコンプレックスが有るなら「弱いですね」、美しさにコンプレックスが有るなら「醜いですね」、賢さにコンプレックスが有るなら「頭悪いですね」…と、刺激されたら堪ったものではないものを、私は探しているのです。

 

お金にコンプレックスが有ったらどうなるのでしょうか?

 

「稼ぎが少ない」と言われて激昂し、妻を殺害した男性の話を過去に聞いた記憶が有るのですが、まさにそれの事なのですね。

 

「少ないですね」とか、「それっぽっちですか?」が効くとするなら、そこからもっと踏み込んだところに私の求めるお金の本質が在る気がするのです。

 

 

 

「お金にコンプレックスが有る」という事は、「お金の“何か”で優劣を決めている」という事だと思います。

 

その“何か”が量の事だとするなら、「量が少ない時を言葉で的確にするとどうなるか?」という事が問題になるのではないでしょうか?

 

若さの“老い、美しさの“醜い”、強さの“弱い”…と同様に、凄くシンプルなものだと思うのですね。

 

年収自慢は、何と言われるのが一番嫌なのでしょうか?

 

今の私には“少ない”が全く効かないので、「私自身を利用して理解する」という事が難しいです。

 

ネットの何処かに転がっていると良いのですけどね。