“今”とは何か? | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは、魂の世界だった。

現在の私は“今”に興味を抱き、“今”に惹き付けられている様に思います。

 

あくまで見解に過ぎませんが、“今”とは“悟り”や“神”を表現する言葉(ハイヤーセルフや大いなる自己等)に近いものと思います。

 

しかし、「真の自覚に至るには、“今”が“今”を自覚する必要があるのではないか?」とも思います。

 

言葉にするなら「私は“今”だった」という事に気付く…と言った具合いでしょうか。

 

 

 

私は意識して“今”に戻る様に努めています。

 

“過去”や“未来”に意識が飛んでいる事に気付いた瞬間、“今”に戻る事を繰り返しています。

 

大半は“未来”に飛ぶので、“未来”と“今”を行ったり戻ったりを繰り返しているのが“今”の私です。

 

これで“今”を悟る事が出来るのかは分かりませんが、段々と癖になりつつあります。

 

 

 

同時に何かを感じてもいます。

 

何を感じているのか分かりませんが、そちらに意識を向ける事が難しくなっています。

 

“今”が優先されてしまうのです。

 

お陰で感じているものはほとんどBGMの様な扱いです。

 

「背後で流れて行くだけの何か」になってしまっています。

 

 

 

「“今”を意識しながら、同時に感じる」という事も試みたのですが、やはりどちらか一方にしか意識を置く事が出来ないのですね。

 

「“今”か?“感じているもの”か?」の二者択一になってしまうのです。

 

しかし、「“今”に在ると、感じているものが何かも分かる」…と言うなら、感じる事を辞めても問題有りません。

 

試していないのでどうなるか分かりませんが、この機会にやってみましょう。

 

 

 

これが成功すれば、一段上の次元に上がる事になります。

 

「“感じる事”よりも“今に在る”方がより本質的で高位の次元である」と証明されます。

 

私のスピリチュアルもより深くなり、完成に近付く事でしょう。