「遠回り忘れてしまう紅葉かな」幸人
小倉百人一首好きの母のお陰で、お正月になると中学校を卒業するまで
毎年私は友達を自宅に呼んで百人一首のカルタとりをしていました。
当時の私は別に百人一首が好きでもなかったのですが、
幼い頃から触れていたので、五七五七七の語感には親しみがありました。
その後、上京してからは百人一首とは縁遠くなったのですが、
いつの頃からか百人一首のことが頭に浮かんで来るようになったので
単行本や文庫本、ムックを購入し、
その時々で気になっていた和歌をチェックする感じで読んでいました。
ところが、数日前から何を思ったか自分でも分かりませんが、
1番の天智天皇の歌から100番まで通して読んでみることにしたのです。
方法は、まずネットで分かりやすい解説を読み、
その後は手持ちの書籍等で視点を変え、イメージを膨らませるようにしました。
そうしたら、三十一文字の和歌それぞれにより面白さを感じ、
短編小説を読んでいる気分になりました。
あと、これを纏めた藤原定家の凄さを感じました。
で、ちょっと調べてみたら小倉百人一首の草稿は1235年の鎌倉時代とのこと。
そして1番の天智天皇の和歌は626年から671年の間に詠まれていたことになります。
つまり約600年前の和歌を定家は選んだことになるわけです。
今に話を代えれば、現在の歌人が室町時代の和歌を選んだのと同じ時間差です。
ちょっと想像もできませんが、
百人一首ができたのも日本文化である和歌(日本語)の凄さにあるのかもしれませんね。
こんな感じで、しばらくアメブロでは、百人一首について綴るつもり。
どうぞよろしくお願い致します。
◇写真は等々力渓谷の紅葉(2025年11月30日撮影)









