カーヌスティの悲劇 | Down the fairway

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ちょんまげ姿のお侍たちが、鎖国を続けるか、それとも開国に踏み切るかで大騒ぎを演じ、桜田門で大老井伊直弼が非業の死を遂げた1860年。地球の反対側では、早くもゴルフの大会が始まりました。これが世界最古の公式戦、全英オープンです。それは正式名称 The Open Championship を見れば判るとおり、そこにはGolfのゴの字も入っていません。他の競技と識別する必要がなかったのですね。ちなみに優勝したウイリー・パークは、わずかな賞金とプレストウイックのプロとして採用され、生活の安定を手に入れたのでした。

 

今年は、カーヌスティゴルフリンクスを舞台に第147回大会を迎えようとしていますが、長い長い時間の流れの中で、ある悲劇が生まれたことをご存じでしょうか?

 

世の中に○○の悲劇と呼ばざるをえない出来事は、実はそれほど多くはありません。サッカー界では1993年に起きた「ドーハの悲劇」が有名ですが、その後日本のサッカー界に○○の悲劇と呼ばれるほど重大な出来事は発生していないようです。

また、ゴルフにしても15世紀以前から市民に親しまれてきた歴史がありますが、それでも○○の悲劇というのは、この「カーヌスティの悲劇」よりも有名なシーンは無く、今後も目にする可能性は限りなくゼロに近いと言って良いでしょう。

 

1999年。

 

主役を演じたのは無名のフランス人プレーヤー、ジャン・バンデベルデ選手、33歳。バンデベルデ選手は最終日の最終ホールを迎えた時点で、2位に3打差をつけて首位を独走していました。残るはパー4の18番。ボギーはおろか、ダブルボギーでも優勝という場面を
迎えました。そして誰もが「バンデベルデで決まり!」と確信していました。

 

ところが彼は、18番の第1打を大きく右に曲げてしまいました。ここで冷静さを保ち、第2打をフェアウェイに戻して、3オン2パットのボギーで上がれば優勝と思われたのですが、彼は果敢にも(無謀にも?)グリーンを狙って打ちました。渾身の力を込めてクラブを振ったものの、ボールは深いラフに埋まってしまいました。

 

そして問題の3打目。このボールがグリーンをとらえたら、たとえ3パットでもダブルボギーで優勝が確定します。しかし、彼の人生を賭けたボールは、無情にもバリー・バーンと呼ばれる小川に吸い込まれてしまいました。ここで完全に冷静さを失った彼は、スパイクを脱ぎ、水中のボールに対して“水切りショット”を試みようとしましたが、さすがに深く沈んでいたため断念。やむなく1打のペナルティを払って小川の外にドロップします。この時点でペナルティを入れて4打を費やしました。


5打目。グリーンをとらえることが出来ずバンカーへ。ようやく6打目でグリーンに乗せ、1パットで沈めてみせたものの、まさかのトリプルボギーとなりました。


試合の行方は、プレーオフにもつれ込みましたが、もはや彼には戦うだけの力が残っていませんでした。勝者のポール・ローリーよりも敗者に脚光が集まる印象深い大会となり、人は「カーヌスティの悲劇」と呼ぶようになったのです。

 

あれから8年後、TVのインタビューで、

 

「あの日、あなたが失ったものは何ですか?」と問われたバンデベルデ選手は

 

「失ったもの?そんなものはないよ。確かに大きな賞金は逃しかもしれないけどね」と、自らのプレースタイルを貫いたことに後悔はないと言いました。

そして、
「今回の出来事はあなたを何年苦しめることになりそうですか?」との質問に対して、悲劇の主人公は笑顔で答えました。

 

 

 

「多分、永遠に。だけど誰もこんなことを100年も覚えてられないっしょ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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