【埼玉県・和光市】新倉氷川八幡神社 | 鳥居の向こう側

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埼玉県・東京都・千葉県・神奈川県の神社を中心に巡り、ブログを書いています♪

2022年6月7日参拝。


今回は富士塚のある神社ではないのですが、全国に3社しかない「氷川八幡神社」なので、もう1社ご紹介しますおねがい



新倉氷川八幡神社神社


電車東武東上線、東京メトロ有楽町線、副都心線・和光市駅北口より徒歩16分。

和光市駅南口よりバス
バス【和光市コミュニティ】市内循環バス・北コース「新倉氷川神社」下車3分。
※こちらはさらに本数が少なく、2時間に1本くらいしかないです。

私は、前回記事の「下新倉氷川八幡神社」から歩いて来ました。18分くらいでした。
2社は「氷川通り」で繋がっています。


参道入口

社号碑

一の鳥居

神額


一の鳥居と二の鳥居の間が、駐車場🅿️になっています。





二の鳥居の手前左手に、
参集殿

二の鳥居

神額



「新倉氷川八幡神社」は、和光市新倉の氏神さまです。
約700年前の、鎌倉時代・弘安年間に創建されたと伝えられています。
氷川神社は、さいたま市の「武蔵一宮氷川神社」より勧請、
八幡神社は、大分県の「宇佐神宮」より勧請されました。


手水舎の手前に、狛犬犬

両方とも口を開けているような…



手水舎アセアセアセアセ

水盤

自動水栓でしたタラータラータラー



拝殿前に、子宝犬(なでいぬ)と、

福招猫猫

せっかく古い狛犬があるのだから、こういうのいらないなぁ、と思ってしまいますが…喜ぶ人も多いのでしょうねほっこり


拝殿乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ

神額

【御神祭】
須佐之男尊(氷川大神)
誉田別尊(八幡大神)




ご本殿の覆屋キラキラキラキラキラキラ

万治3年(1660年)、流造のご本殿が再建され、明治元年に村社となりました。
当時の氏子数は225戸でした。

昭和18年、新倉村は白子村と合併して大和町となりましたが、この時、社地の一部を無償提供し、一の鳥居を35m後退した現在地に移設。
宮坂道が開通しました。


昭和26年、拝殿・幣殿・ご本殿などを改築。
昭和45年に和光市となりましたが、昼なお暗い鬱蒼とした鎮守の杜は、次々と枯損し、昭和48年には、遂に大樹が皆無となりました。
昭和52年、ご本殿を神明造りに改めました。

昭和18年に合併して大和町となり、昭和45年に和光市となった。
これを書いていて、記憶がよみがえって来ました!!
私は生まれた時から東武東上線沿線に住んでいますが、小学校に上がる前、駅名は「わこうし」ではなく「やまとまち」だったんだびっくり懐かしい~。
年齢バレますね泣き笑い


忠魂碑など。


境内社をご紹介しますおねがい

社殿の左手に、
冨士嶽浅間神社富士山

【御祭神】冨士嶽浅間大神


神使の猿

いいお顔です照れ


こちらも、お馴染み「丸吉講」富士山


榛名神社の石祠。


これは…初めて見ます。
兩頭龍寳運靈神

そのまま解釈すると、
2つの頭を持つ龍龍が、宝を運んで来る霊験あらたかな神、でしょうか??


太二御神楽の碑。 

「太々神楽」のことかな?


ご本殿の真裏に、鳥居付きの境内社が2社並んでいます。



右が、元宮神社


神仏分離後の明治23年に、御神体だった八幡大菩薩像を燃やし、その灰をご本殿裏手に埋めて石祠を建て「元宮様」として祀ったとのこと。
※『埼玉の神社』より



左が、神明神社




紫陽花が綺麗でした照れ乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ



社殿の右手に回ります。



護國碑

赤い常夜灯がやたら多いです。





こちらにも鳥居が見えます。



稲荷神社🦊



天神宮



境内の掲示によると、御嶽神社もあるはずなのですが、見つけられませんでしたぼけー


こちらの神社でいちばん驚いたのが、
授与所

ガラス戸の中に豊富な授与品がずらりと並び、無人なのです。


両替機まであって、初穂料は下の箱に入れるシステムびっくり



【御朱印】
2種類拝受しました。

①季節限定御朱印でしょうか。紫陽花の柄です。



②御田植祭・夏越の大祓の御朱印



コロナが始まった頃、電車で神社巡りに行けないので、自転車自転車で行ける範囲の氷川神社巡りをしました。
新座市・朝霞市・志木市・富士見市の全19社は巡れたのですが、和光市は少し遠いので、行けないままになっていました悲しい

これでやっと、和光市の氷川神社2社もクリアしました爆笑 
しかも、「氷川八幡神社」が全国で3社しかないとは驚きでしたびっくり


次回からはまた富士塚富士山のある神社をご紹介しますウインク


お読みいただき、ありがとうございました爆笑ルンルンルンルンルンルン