1615年の今日、
真田幸村が大坂夏の陣で戦死しました。
次男坊である幸村は、
上杉家に人質に出されたこともあります。
上杉では人質とは思えないほど可愛がられていたようですが。
元々、父昌幸は情勢をみて、
何度も寝がえりを繰り返していたわけで、
信用してもらうために幸村を人質に出していました。
また、真田家は小大名だったため、
関ヶ原の戦い(1600年)からは、
父の昌幸と幸村は西軍(豊臣側)、
兄の信之は東軍(徳川側)につき、
真田家をどうにかして存続させようとしました。
どちらが勝ってもいいように二手に分かれたんですね。
上田で関ヶ原への援軍(徳川秀忠軍)を足止めしていましたが、
結果、関ヶ原の戦いでは東軍が勝利し、
西軍についた昌幸、幸村は紀州の九度山に幽閉されます。
この時、徳川方からは「幸村を処刑せよ」という意見も出ており、
家康も、幸村を生かしてはおけないという考えだったのですが、
兄、信之の義父(嫁の父)である猛将、本多忠勝が、
「幸村を処刑するというのであれば、この本多忠勝、
家康様との戦いも辞さない」
と幸村処刑を猛反対。
本多忠勝が家康にここまで言ったのは最初で最後だったようです。
九度山にて昌幸は没し、
幸村も14年間という長い間幽閉生活を送っていましたが、
豊臣秀頼から招かれ、九度山を脱出し、
1614年の「大坂冬の陣」、1615年の「大坂夏の陣」と、
豊臣側として参戦します。
大坂夏の陣では、家康本陣にまで斬りかかり、
今まで一度しか倒されたことのない金扇の馬印も倒され、
(ちなみに一度倒されたのは家康が大敗した武田軍との「三方ヶ原の戦い」)
家康も死を覚悟したといわれていますが、
結果は一歩及ばず、越前松平勢の鉄砲頭に討たれ、戦死しました。
49歳という年齢でしたが、
九度山に14年も幽閉され、人質時代もあった幸村が、
自由に生活出来た時間って人生のどのくらいなんだろうと、
ちょっと考えてしまいますね。
☆Yuu☆
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ブログネタ:復活してほしいアニメ 参加中ケロロ軍曹ですねぇ、やっぱり。
そろそろ新しいお話を見たい(∂∇∂)。
原作で好きなお話でアニメ化されてないのがまだ沢山あるんだ…

割と、原作はアニメより大人向け(エロい意味じゃないよ)で、
深い話多いからなぁ…。
とにかく、一日も早くケロロ軍曹の新しいお話が見たい♪
☆Yuu☆
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歴史上の人物を扱った文庫本、
何故か黒田官兵衛のものが多かった。
官兵衛様の時代来ちゃう?来ちゃった?マジキタコレ!!
と一人本屋で上がる一方のテンション(笑)。
何だったんだろう…でも確かに軍師が多かった気がする。
天下三傑(織田信長・豊臣秀吉・徳川家康)はなかったと思う。
でも軍師の中でも黒田官兵衛の本が多かったよ。
あのコーナーにあった本を全部一冊ずつ買いたい(笑)
☆Yuu☆
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