今日はお誕生日がもう一人。
1560年の今日、直江兼続が生まれたかも?
(↑兼続の誕生日は有力なのが今日、というだけであり、
確定ではないのです)
前にも書いたけども、元々兼続は直江家の子じゃなく、
元々は樋口家に生まれました。
幼少期からとても頭がよく、
兼続(幼名与六)は、後の主君である上杉景勝(当時顕景)の母親、
仙桃院に才を見出され、
景勝の学徒に任命されます。
ええ、頭いいんです兼続。
苗字が直江になったのは、
直江家に跡取りがいなかったため、
兼続が直江家に婿養子に入ったからです。
相手は3歳年上の、お船(兼続とは再婚)
景勝の命でお船と結婚したそうだけども、
夫婦仲はとても良くて、
兼続は側室を持たなかった一途な男。
兼続は、温和な天下人、徳川家康を、
唯一激怒させた人物とも言われています。
曲がったことがとにかく嫌いで、
それが直江状(詳しくはコチラ )の文面に出てしまったのだろけど、
天下に一番近い男にここまで言えちゃうのは、
カッコイイというか、潔いというか、
ちょwwwをまwwwちょっと落ち着けwwwというか(爆)
とにかく真っすぐに生きなきゃ気が済まなかったんだろう。
☆Yuu☆
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1534年の今日、織田信長が生まれました。
織田信長は幼少から奇妙な行動が多く、
周りからは「大うつけ」呼ばわりされていました。
信長がどんなに凄い人かってのは、
小学生でも知ってるくらいで、
戦国時代を代表する武将だと思う。
「鳴かぬなら、 殺してしまえ ホトトギス」
という句が有名だけども、
これは、
「鳴かないなんて役に立たないから殺せ」
って意味ではなくて、
「鳴けないホトトギスは生きている間、
自分は鳴けないんだと劣等感を感じしまうから、
そんなみじめな思いをさせるくらいならいっそ殺して楽にしてあげよう」
という意味にも捉えられるよね。
家臣でも同じ。
大きなけがや病気をして役に立たないのを、
いつまでも前線に置いておくわけにはいかないから、
いっそのこと暇を与えた方がいいんじゃね?っていう、
信長なりの気遣いだと思う。
信長は本能寺の変で明智光秀に敗れて自害するわけだけど、
実は遺体はこの時代になっても見つかっていない。
実は本能寺を脱出して生き延びたとか、
遺体が見つからないように、部下の手によって
密葬されたんじゃないか?とか言われてるけど、
未だに本能寺の変に関しては謎が多くてね。
真実が見えてこないわけだけども、
まあ、その真実の見えてこない部分が、
歴史好きの心に火を点けるわけで・・・。
生き延びたとしたら信長はその後どういう生活をしていたんだろう?とかね。
色々ワクワクする部分が多いね。
☆Yuu☆
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ブログネタ:今1番マッサージしてほしい箇所 参加中身体のアチコチが固まってるから、
どこでも大歓迎なのだけど(笑)
一番マッサージして欲しいのは…
心

かな(笑)
もっと柔軟に対応できる人間になりたいです( ̄ω ̄;)
☆Yuu☆
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