季節はいつの間にか、十一月の末になっていた。
希子とあまり話をしなくなってから、もう一ヶ月近くが経ってしまっている。
最近は、席も近くないし、放課後も忙しくて、みんなで揃って集まることも少なくなった。
反対に、夏喜と希子が、どんどん距離を縮めているように思う。
放課後は、いつも二人で一緒に帰っていく。
もしかしたら、もう付き合っているのだろうか。
いや、黎弥や颯太、周りも何も言わないし、多分、まだそういうわけではないと思うんだけど。
だったら、今が最後のチャンスなのかもしれないと思う。
希子に想いを伝える。
夏喜と付き合ってしまって、二人が手を繋いだりキスをしたり、そんなことをしているんだと考えると、嫉妬で頭がどうにかなってしまいそうだ。
そうなる前に、と思うけれど、今さらどんな顔して、好きだと言えばいいんだろう。
夏喜と付き合ったらいいやん、と俺は言った。
"私が、なっちゃんと付き合っても、それでいいと?"
そう言った希子の顔は、何だかとても悲しそうだった。
あれは、いったいどういう意味だったのだろう。
"もういい"
と突き放されたあの時から、うまく希子に話しかけられずにいる。
はぁーー、っと長いため息をついた。
自分の部屋のベッドに座り、開いたカーテンの隙間から覗く、星空を見つめた。
「すっげぇ長いため息」
自分じゃない声がして、驚いて振り向いた。
すると開け放ったドアの入り口に、左肩で寄りかかって立っている颯太がいた。
「は?何しよっと?」
「一応ノックしたっちゃけど」
言いながら、颯太は部屋に入ってきて、ベッドの縁に背中を預けて、床に座り込んだ。
「いやいや、全然聞こえんかったし。第一、何しに来たと?」
「いいやん、別に。中学ん時からよう来よったし。おばさん、快く招き入れてくれたけん?」
ちっ、とため息が出そうになる。
確かに、中学から一緒の颯太とは、その頃からよく一緒に遊んだ。
こうして家にも遊びに来たことは何度もある。
家も近い。
だけど、いきなりどうしたというのだろう。
「数学の教科書忘れたっちゃん。宿題出来んけん、北人に借りようち思って」
「さすが。真面目やな」
俺だったらきっとそういう時は、もう宿題なんか諦めるのに。
「そこ、カバン入っとるち思うけん、持ってってよかよ」
「サンキュ」
颯太は床に転がったままの俺の通学カバンを開きだした。
「で?何のため息やったと?」
「……」
そう来ると思った。
颯太がこういうのを聞き逃さないはずがない。
いつだって好奇心の塊だ。
「別に…」
「希子なぁ、夏喜に取られそうやもんなぁ?」
数学の教科書をパラパラめくりながらさりげなく言う颯太に、ぐっと喉が詰まる。
気付かれているだろうことは分かっていたが、本当にそう言われると、自分が情けない人間に思えてくる。
「いいと?このままで?」
「いいと?っち言われても…」
「まぁー、俺は別にどっちでもよかけどね?でも、希子の気持ち考えるとなぁ…」
「え、颯太希子の好きな人知っとると?」
「は?」
前のめりになって颯太の肩に手をやると、颯太は怪訝そうな顔してこちらを振り向いた。
希子の好きな人は颯太ではない。
颯太と希子は、何だか友情だけではない特別な仲の良さがあった。
だから俺は颯太のことが好きなんだと勘違いした。
そんな颯太は希子の好きな人を知っているのだろうか。
「北人、マジで分からんと?」
「…分からん」
お手上げだ。
この、颯太でもなければ、おそらく黎弥でもない。
あの二人は幼馴染みで仲がいいけれど、そういうのとは、違う。
初めは俺も嫉妬したけれど、希子を見ていたら分かる。
あれは恋愛感情じゃない。
今は分からないけれど、きっと、夏喜でもなかったはずだ。
夏喜のことが好きなんだとしたら、おそらく告白されてすぐに付き合ってるはずだから。
だったら、誰だ?
クラスの中の誰かか?
まさか、健二郎先輩のことをまだ引きずってる、という線はないと思うけれど。
「希子のこと見てたら、すぐに分かるっちゃけどねぇ?」
最後に二人で話したあのベランダでの会話を思い出す。
希子の、悲しそうな横顔。
まさか…
もしかして。
万が一、もし万が一そういうことがあるんだとしたら。
俺は…
「あの二人、今度デートするらしいよ?」
「え…?」
「さすがに希子も、もう夏喜のこと好きなんかもなぁ?」
そうだ、もう遅い。
もし万が一、希子の好きな人がそうだったとしても、もう今さらだ。
希子はもうすでに夏喜に心を許し始めている。
夏喜と希子が二人で楽しそうに笑い合う姿が想像できる。
夏喜の、希子を優しく見つめる瞳。
それに応えて、希子も嬉しそうに笑う。
夏喜といれば、希子はきっと幸せになれるはずだ。
「後悔する前に、気持ちだけでも伝えとった方がいいっちゃない?それとも、自分が告ったら、みんなの雰囲気が悪くなるとでも思っとる?」
「……」
そんなんじゃない。
俺は、ただ、ただ単に希子を失うのが怖かっただけだ。
友達としてでいいから、ずっと傍にいたかっただけなのだ。
そんなの、希子に大切な人が出来てしまったら、簡単になくなってしまうものなのに。
「今さら…」
「今じゃなきゃいつ言うと?今が最後のチャンスやん?」
「颯太…意外と優しいとこあるったい?」
「別に俺はどげんでもよかし。この面白い状況、外から眺めてんのが楽しいだけやし」
「颯太、いっつも人の話ばっかやけど、颯太こそ、好きな子とかおらんと?」
「俺?」
「うん、中学ん時から結構モテるとに、付き合ったりとかせんやん?本命、おらんと?」
「好きな人とかおらんよ?」
「ふぅん、そうったい」
「…俺は、人を好きになったりとか、そういうの、ないみたい」
「今まで、一度も?」
聞いたら、片方だけ口角を上げて皮肉そうに笑った。
颯太のこういう表情は、珍しい。
「一度も」
いつと明るくておしゃべりで、幸福の落差がないような颯太の、裏の顔を少しだけ覗いた気がした。