今回の漱石山房記念館の企画展は
『漱石と高浜虚子』でした

高浜虚子が愛媛県出身の俳人ということは知っているものの、漱石との関係はよく知らず--

企画展で初めて知ったのですが
漱石の『吾輩は猫である』が世に出たのは、虚子が当時主宰していた『ホトトギス』への寄稿からだったようです



ところで
記念館の前に竹明かりが設えてあります

実は同じものを文京区の肥後細川庭園でみていたので、すぐに『熊本の復興支援ありがとう』の竹明かりとわかりました

漱石が熊本で教師をしていたので
このような繋がりがあるのでしょう


こちらには熊本の文字が見えます



こちらは熊本城かな

さてー
話を漱石に戻します


漱石が東京帝国大学で教鞭をとると、漱石を慕う若者が自宅に集い『木曜会』という文化サロンが生まれ、門下生には、その後文壇で活躍する人々が現れます

図録に写真があったので
撮っておきました


高浜虚子は右の一番上の人です