先日 グリーフケアの講習会に参加してきました

 

 

グリーフケア とは

 

 

喪失の悲嘆へのケアの事

 

 

医療の現場においては

 

 

愛する人のによる 喪失体験

 

 

そのことに対する ケアといえるでしょう

 

 

物事を失くすとき 人はさまざまな感情を体験します

 

 

悲しみ 怒り 自分を責めることや後悔の念

 

 

ここに言葉として 感情を表しても

 

 

その深さ度合いや その質はさまざま

 

 

「わかります」と言って お話を伺ったとしても

 

 

それは 的を得ていません

 

 

本当のご本人さまのお気持ちは 図り知れないことです

 

 

どんなに 自分自身が辛い喪失体験を持っていたとしても

 

 

それと 相手との感情は別のもので

 

 

相手の体験は特別なものと感じ お話を伺います

 

 

 

 

「ただお話を伺う事」アドバイスもする事なく

 

 

 

 

 

 

こう聞くと 何もしない事に

 

 

 

「それって価値ある事なの?」と

 

 

 

 

戸惑う声も聞きますが

 

 

 

このことが 安心・安全な場所を作り

 

 

尊いのだと思います

 

 

 

 

人を「死別」の形で失うだけではなく

 

 

人は様々な喪失体験をします

 

 

怪我をして 手が不自由になるとか

 

 

 

災害で家、住んでいた地域を失う事や

 

 

ペットを失う事 

 

 

認知症になり 健康な時のような理解力や信頼を失う事

 

 

これらは喪失体験です

 

 

 

 

私の喪失体験は

 

 

父がアルコール依存症になった事

 

 

それで 頼りだった父や

 

 

甘えさせてくれる 母を失った

 

 

その悲しみや 自分自身の力のなさを感じていた事

 

 

悔しさや 「どうして家ばっかり」という思いがあったこと

 

 

 

それを 自分自身がしっかりしないとって

 

 

自分自身を責めて 頑張る自分を認めず生きていた事

 

 

 

そのことに触れる 講習会でもありました

 

 

 

その時の感情を 封じ込める

 

 

それが 悲しみや怒りをこじらせ

 

 

なんだかわからないけど 悲しい 

 

 

そんな状態を引き起こしているのです

 

 

 

出てくる感情を 表に出していい

 

 

悲しい時は 泣いていい

 

 

長女だから 看護師だから

 

 

そんなの関係なく 泣いていい

 

 

 

悲しい感情だけではなく

 

 

「泣けた」この感情から「泣けた」

 

 

心がぐっとなって 泣けた

 

 

それが蓋が開いたサインだったのでしょう

 

 

 

 

 

 

そこから 自分自身を取り戻していく

 

 

自分自身の強い思いは 何に向かっているのか

 

 

何にこだわっていたのか

 

 

 

 

自分自身を隠し 周りの人を変えようとしても

 

 

上手くはいきません

 

 

自分自身が何を感じているのか

 

 

そのことを表現したとき 周りは気づいていきます

 

 

悲しみや 怒りを認めていい