朝からソギが見当たらない。
昨夜は一緒に眠ったはずのベッドで一人で目覚めた。
こんなことは初めてで戸惑った。
『ヒョンの家で待ってるから』
一文だけメールが届いたきり、ソギと連絡が取れない。
急いで自宅マンションへ帰ったが、ソギの姿は見つけられなかった。
今日はずっと前から仕事を入れずに一日スケジュールは空けてある。
「絶対に仕事を入れるなよ。」
毎年そう言いながら笑ってクギを刺すのを忘れないソギ。
俺の誕生日なんて対して重要じゃないのに、ソギが祝ってくれるから大切な日だと思えるようになってきた。
それなのに、どこへ消えてしまったのか・・・
ソギ本人の自宅にも居ないし、実家にも居ない。
もちろん事務所にも居ない。
携帯にも出ないし、友人に聞いても誰もソギの行方を知らない。
何ヵ月も前から今年はどう過ごそうか、アレコレ相談してきたソギ。
俺は何にもいらないし、ソギが居ればどこへも行かなくてもいい。
特別なことは何も必要ない。
そんな俺をつまらないと言って頬を膨らませていた顔が思い出された。
つまらない男だから俺に愛想を尽かしてしまったのだろうか・・・。
それとも何か事件に巻き込まれてやしないだろうか・・・。
ふとそんな不安が胸をよぎる。
朝からソギの行きそうな場所を捜し歩いてもう何時間も経っている。
もう日も暮れて薄暗い街に灯りがともり、繁華街は喧騒を増す。
ソギ、どこに居る?
昨夜俺の腕の中で眠っていた温もりを思い出して胸が苦しくなって、まだ寒いソウルの街を走りながら汗が流れてきた。
もう何度目か分からない携帯の画面を開いてソギへと電話しようとした時、手の中で着信を知らせる音が鳴った。
相手を確認する余裕もなく、慌てて通話ボタンをタップした。
『ソギか!?今どこに居る!?』
電話の向こうからは拍子抜けするようなおっとりとした声が聞こえてきた・・・
『あら、まあ・・・おまえがそんな声を出すなんて驚いた・・・。』
着信の相手は母親だった。
『母さん・・・?ごめん。今急いでるから、また今度にしてくれ。』
すぐに通話を切るつもりで早口で伝える。
『あ、待ちなさい。ソギ君が待ってるわよ。あなた遅いから心配してるわよ。』
『え・・・ソギがそこに?』
予想外の言葉に頭がついていかない。
どういうことだ?
『とにかく早く帰ってきなさい。』
相変わらずおっとりした口調で、でも最後はなんだか微笑んでるような声で母親が電話を切った。
何だかよくわからないが、ソギの居場所は分かった。
車を飛ばして母親の居る実家を目指した。
ソウル中心部から少し離れるとあっという間に明かりが少なくなり、薄明りの中にあるような俺の生まれ育った町。
裕福ではなかったが家族全員で暮らした我が家は懐かしい。
小さくて古い家にふさわしくないソギの車が停まっている。その横に自分の車を停めて早足で家に入る。
玄関に置かれたソギの靴を見て、安堵と疑問の気持ちが混ざってつい大きな声を出してしまう。
「ソギ!」
靴を脱ぎながら家の中へと入ると、パァン!!と大きなクラッカーが鳴り響く。
『ハッピーバースデー!!』
居間へと通じる扉が開かれて、ソギと母親の明るい声が響いた。
一日中探したソギが目の前で笑っていた。
ホッとして思わず抱きしめようとした俺の腕をソギがそっと掴んでからかう様に話し出す。
「ヒョン遅いからご馳走作りすぎちゃったじゃん。」
「ソギ…どういうことだ?とにかく無事でよかったけど。」
ソギの存在を確かめるように少しだけ髪に触れた。
その隣で微笑む俺の母親。
「ふふ、あなたのそんな顔も初めてね・・・。」
その言葉に、ここが実家で、母親の前だということに気が付いて少しソギから離れる。
「朝からソギ君が来てくれて、一緒に準備したのよ。」
よく見れば、部屋には誕生日の飾りつけが施されており、テーブルには溢れるほどの料理が並んでいる。
どれも俺の好きなものばかり。
「ヒョンの家で待ってるってメールしただろ?」
「まさか実家だとは思わないだろ・・・お前来たことないし。」
母親とソギは会ったこともないはずだ。
「俺とヒョンのオンマはメル友だもん。」
「ねー♪」
二人顔を合わせて笑い合う。
「いつの間に?どうやって連絡先を??」
訳の分からないことだらけだ。
俺の疑問には答えるつもりはないらしい二人は悪戯な顔をしながら嬉しそうに声を合わせた。
「内緒♪」
「それより、早く食べようよ。冷めちゃうから。」
二人に急かされてテーブルについて、グラスを合わせて3人で乾杯をする。
口に広がる懐かしい味と香り。
「ああ、懐かしいな。」
昔から毎年母が作っていた梅酒だ。
「そうでしょ?今でも漬けてるのよ。飲む人が居なくなっちゃったから減らないけど。」
笑ってそう言う母は少し小さくなったように感じられた。
兄弟は全員独立して家を出て、それを見届けた父は病であっけなく他界した。
大勢で過ごしていた頃は狭く窮屈に感じたこの家も、ガランとして母一人では広すぎる。
「今日は久しぶりにたくさん料理をしたのよ。ソギ君が手伝ってくれたから助かったわ。
若い男の子とお買い物して楽しかったわぁ。」
梅酒のせいも手伝ってか、少しだけ頬を染めている母は少女のように楽しげに今日1日の話をしてくれる。
ソギと母で俺に内緒で今日の誕生日を計画していたそうだ。
「そうなら言ってくれればいいのに…今日1日で寿命が縮まったじゃないか。」
「え?ダメだよ。俺より長生きしてくれなきゃ。誰が俺のマネージャーするんだよ。」
「俺の方が年上なんだから早く死ぬにきまってるじゃないか。」
「だめ。絶対だめ。」
そんな俺たちを眺めて母は楽しそうに、ただ笑っていた。
そういえば、母のこんな風に笑った顔を見たのはどれくらい振りだろうか。
家族全員で賑やかに暮らしていた頃は、毎日笑っていたっけ…。
長男の俺が家を出て、弟や妹もそれぞれ独立し、そのたびに笑顔で送り出してくれた母と父。
働き通しで俺達を育ててくれた二人には、これからは仲良く穏やかな生活を送って欲しいと思っていたのに、母一人になってしまった。
分かっていたけれど、忙しさを理由にして母のことを考える時間が少なかった事を今更ながら悔いてしまう。
「ソギ君、忙しいのに今日は本当にありがとう。」
「いえ、いつもヒョンを忙しくしてしまっているのは僕ですから。本当にすみません。」
「謝らないで。ソギ君には感謝しているの。この子はあなたに出会ってから変わったのね。
初めて自分でやりたい事を見つけたのよ。初めて私達に我儘言ったの。」
夢のために、大学進学を決めたこと。
初めて憧れた眩しい俺の夢が、ソギの存在だったってこと。
母親には直接言ってなかったけど、きっと分かってしまっていたのだろう。
この人は俺を生んだ人だから・・・。
「だから、この子が忙しいのは幸せなこと。私も幸せなの。」
一度も涙を見せたことのない母の目が薄っすらと滲んで揺れる。
ソギがわざと明るい声でしゃべりだす。
「じゃ、ずっと幸せでいられるように俺仕事もっと頑張ります!
ヒョンにも長生きしてもらいますから!」
潤んだ瞳を揺らしながらクスクスと笑い声を上げる母。
「じゃあ私も長生きしなくちゃね。」
「そうですよ。またヒョンを連れて遊びにきますから、ヒョンの好きな料理教えてくださいよ。」
「ふふ、お嫁さんみたいね。今夜は泊っていくのよね?あなた達一緒にお風呂に入る?」
「や!やめてくださいよ!」
顔を赤くして慌てて声を荒くするソギにもっと笑い声を上げる母。
母とソギが一緒に作ってくれた料理はどれも懐かしくて優しい味で、ソギも今日だけはダイエットは中止だと言いながら、俺よりたくさん食べて笑って母を笑顔にしてくれた。
母が用意してくれた並んだ布団に入り、こっそり指を絡ませた。
「ヒョンのお母さんが近くにいるってドキドキする。」
クスクス笑いながらソギが目だけ布団から出してこちらを眺める。
「ヒョン、もうすぐ終わっちゃうけど、誕生日おめでとう。」
「ありがとう。」
「ヒョンを生んでくれたお母さんに会ってみたかったんだ・・・」
眠そうな声で囁く声は穏やかで愛しくて温かい。
「思った通り、優しくて・・・ヒョンに似てる・・・」
もう眼を閉じて夢の入り口のソギ。
少し冷たい足先を俺にくっつけながら途切れ途切れに言葉をつなげる。
「ヒョンの小さい頃の話・・・いっぱい聞いた・・・ふふ・・・恥かしい…可愛い話・・・」
「な、何を聞いたんだ!?」
「ふふふ・・・内緒・・・また一緒に来よう・・・お母さんに会いに・・・」
微笑みながら寝息を立て始めたソギ。
1日をずべて俺に費やしてくれたソギの気持ちが伝わってきて胸がいっぱいになる。
大切な人と一緒に過ごすのは何より大切な時間。
たった一人の母親
たった一人の愛しい人
生まれた日を祝福してくれる人がそばに居てくれる幸せを今年も教えてくれたソギ。
やっぱりソギには敵わない。
愛されてる以上に愛する幸せを今年も噛みしめながら、温かい指先が離れないように強く絡ませた。
ハッピーバースデーゴン様≧(´▽`)≦
久々すぎてアメブロの使い方がよく分からなくて焦りまくりの今年のゴン様誕。
とにかくお祝いできて嬉しいです♪
久々すぎですが、ガッツリうなぎでございます(*゚ー゚*)