この世に音楽の神様がいるなら




ありがとうって抱きしめたい












 「これで授業を終わりにします。」




先生が教壇で、

ばたんと教科書を閉じる。


それが授業終わりの合図。


ついこないだまで、

なっていた美しい鐘の音楽のチャイムはない。



いや、

チャイムだけじゃない。



俺たちからは、

音楽という授業も、

音を鳴らす楽器も何もかも取り上げられた。



いや、この高校だけじゃない。


音楽がこの世から無くなったのは、


ついこないだのことだ。




音楽の持つ力が

この世を支配する力を秘める。

音楽はこの世を乱す。


政治家たちが騒ぎ立てたのは、

今年になってから。


あれよあれよという間に

音楽禁止法が成立し、


この世界から

音楽が禁じられたのだ。







この高校は、

洲哩(すまいる)学園高等部。



ついこないだまで、

蛇仁須高校だったこの学校は、

創業者の蛇仁須さんが、

この世を動かすすごい音楽を作り上げる力を持つとかで、

名前を呼ぶことすら禁じられた。



蛇仁須さんの名前がついていたこの高校は、

改名し、

蛇仁須さんの名前を呼ぶことすら

法で禁じられて、

「名前で呼べないあの人」として、

周りからは恐れられている。




蛇仁須さんは、

もうとうに死んじゃっていないのに。


みんな、

何を恐れているんだろう。



なんでこんな世の中になっちゃったんだろう。











「あ〜あ。

おーわった🎵」


授業終わりに立ち上がり、

当たり前のように節をつけて、

背伸びすれば、



「しっ。雅紀。

やばい。」




親友の潤から、

大きな手のひらで口を塞がれる。





「ほえ?なんで?」



潤の方を向かえば、


「雅紀。

お前、また無意識に歌ってたぞ。」




その美しい顔で、

潤が眉を顰める。




「あ。やば。」



一応黙ってみせるけど、

だって仕方ないじゃん。



俺は、ここの蛇仁須高校が

創業者の蛇仁須さんが力を入れてた軽音楽部の部員だったんだもん。



ずっとベースを弾いて、

ずっと歌って、

時々曲に合わせて踊っちゃったりして。


勉強そっちのけで

音楽漬けだったのに。




世界から

音楽は奪われた。




歌を歌うと、罰せられて牢屋に入れられる。



さっきの、ちょっとしたメロディだって、

気分のいい時の鼻歌だって、

生徒会の役員や、

先生が警察に通報して、

取り締まられちゃうんだ。






あ〜あ。

つまんない世の中だ。




俺は、教えてくれた潤に

両手を合わせて拝むようにすると、

足元をリズムを刻まぬよう重い足取りで歩き出した。









⭐︎つづく⭐︎










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