みなさん

こんにちは

城を守りと成さず人を持って守りと成す

この言葉は天守閣も本丸も持たない城を作った島津家の言葉です

鹿児島・島津藩の歴史は日本の皇室・イギリスの王室に次いで

3番目に長い歴史をもっているといわれてます。

その島津藩の歴史は1869年の版籍奉還まで、実に700年もの

長期政権を築きましたその本拠となったのが鶴丸城です


鶴が翼を広げている姿に似ていることから鶴丸城と呼ばれています

関ヶ原の合戦の後、島津家18代家久がつくった城 鶴丸城


周囲の反対を押し切って、城と言っても本丸を持たず天守閣などもない

屋形つくりだったそうです。

背後に100メートルを超える断崖をを背に築いたこの城は

戦いに備える城ではなくこれは「城を持って守りとなさず、人を持って城と成す」 

薩摩藩流の思想によるもので藩内の各所には兵農一致の郷土団が守る

外城がめぐらされました。

4人に1人が武士と言われた島津藩・・・まさに武の国

城下町としての発展はこのようにして築かれたのでしょうか?