太陽を盗んだ男

テーマ:
taiyou




 太陽を盗んだ男

監督 長谷川和彦




高校生のころにやたら日本映画に詳しいクラスメイトがいて、騙されたと思って観てみろって無理矢理観させられたのがこの映画を知ったきっかけだった。その頃はすでに日本映画冬の時代にとうに突入してたんだと思うけど、これにやられてさらに監督デビュー作の「青春の殺人者」でさらにやられた。(どっちかっていうと自分はデビュー作のほうが好き)

こういう日本映画を撮る監督がいるんだなぁと二人で感激して、その友人はこの監督さんと同じ大学に進み、同じ体育会アメフト部にも入りw同じ映像の世界へと歩みを進めたw


それなのに長谷川監督(通称ゴジ)は、この後30年近くになろうとしてる今に至るまで1本も映画を撮っていないんだな、これがw

後輩の人生に多大なる影響を与えたはずの張本人がこれいかにwどう責任をとるおつもりかw

と思っていたら今月に入ってこの映画に原案・脚本でかかわったレナード・シュレーダー さんがお亡くなりになったそうですね。

ゴジはどんな風にこの訃報を受け取ったのだろう。

DVD化された際に改めてこの作品らを購入して何度か観たんですが、やっぱ凄いと思うゴジって。そして若い、ある一定の年齢まででしか作り得ないモノがあるっていうのを実感し、また怖くもなります。「青春の自殺者」DVDに付いてた今のゴジの長々としたインタビューを観ると余計にそう感じますw


とりあえずリーさんやセメさんは観てるよね、これw

あとターミネーターを撮ったジェームズ・キャメロン監督は絶対この作品のファンだと思う。


【今日の一本】


AD

ゆれる(ネタバレ抑えめ)

テーマ:
yureru




時折、といってもホントに稀なことなんだけど

後世語り継がれるであろう(といってもそんなことその時点では意識してないのだが)映画やライブに運よく出くわすと、しばし形容する言葉を自分の中からひねり出すことができずspeechlessな状態になって会場を後にすることがある。

そしてそれを生み出した当の本人が同年代(しかも可愛い女性)だったとなると、なんとも言いようのない嫉妬心がふつふつと沸きあがってくる。(身長が一年でグンと伸びる中学生男子をまじかで見てるような)

西川美和監督による前作「蛇いちご」に続く長編第二弾となる「ゆれる」。かなり話題になってますが、ようやく観てまいりました。(ようやくっていうか、込みすぎなんだもんプンプン)

アチキは是枝監督の作品はドキュメンタリーも含めてほぼ全部観ている是枝フリークのため、是枝ファミリーの作品は最初から唾つけてて「蛇いちご」もなかなかの秀作ではあったのですが、二作目となる今回ここまで伸びてくるとは思わなかった。恐れ入りました。ホップステップジャンプのステップでの歩幅が凄すぎです。これは将来の邦画界を背負ってたつ逸材となるんじゃないか?

先日の「ハチクロ」ではネタバレなことも書いちゃったけど、ここでは控えておきまする。なんか大きな生だこがあたまにピタッと付着したままのような状態で、一度ひっぺがして距離をとらないと書けないような感じで。あと画面の中で重要なメタファーがいくつも差し込まれているのですが、自分が気づかずにいる何かがまだあるような印象。また原作の小説(監督自ら執筆)を読むとまた印象が変わると知り合いが言うので、それもトライしてみたい。

主役の二人の演技は圧巻でした。アチキは長男なので兄の稔サイドに立って観るクセがあったと思うので、弟のズンズン次郎ならどう思ったか聞いてみたいなぁ。

オダギリもいままでで一番よかったなぁ。アチキの知り合いに有名になる前の彼とむかし同○してた俳優さん(おとこ)がいるけど、ふつうの人だっていうんだよなぁ、まあそのほうがいいのかな。


(余談)

自分が覚えている弟との一番古い記憶って幼稚園の頃。ここで時折書いているボルネオの幼稚園に弟が入ってきて、外人の先生と生徒ばかりだったのに面食らったのか?弟を先生に預けて立ち去ろうとする母親の車を泣きながら走って追っかけていったんだ、門を飛び出したままかなり長い距離を。母親はバックミラー越しにそれを見やりながら、現地での生活に投げ込む覚悟を決めていたのか?アクセルを踏み込み車を加速させた。自分は囚われた宇宙人みたいに大きな外人のおばさん先生に寄り添ったまま長男らしく平静を装っていた記憶がある。

(とはいってもこれも両親らの思い出話が積み重なって生まれた“偽りの記憶”かもしれないんだけど)

兄弟って不思議なものだ。遺伝子的には似ているんだけど、与えられた環境で随分と変わってくる。

AD

yukisada





“ストロボラッシュ”
それは、ここから飛び立つために、背中につけた羽だった。


会社員・賢司は、仕事も恋愛もなんだか上手くいってない。そんな時だ、高校の同級生凌一と出会ったのは。凌一は、仲間と一緒に自分たちのデザイナーズ・ブランドを立ち上げようとしていた。賢司は、そんな凌一たちの自由さが羨ましい。ひょんなことから上司を殴って会社を辞めた賢司は、凌一のブランド“ストロボラッシュ”の立ち上げを手伝うようになった。最初はボタンすら縫いつけることが出来なかった賢司。
アパートの一室で、彼らのミシンがまるでロックンロールを奏でるように響いている。悩ましくも奔放な日々。ぼくらは、こんな奇跡のような日々を、どこまで、続けていけるのだろう?

             
                    ロックンロールミシン(行定勲監督)


週末に妻とオープンしたばかりの表参道ヒルズに行ってきました。
といってもテナントのブランド店オープン限定品をゲットするためではなく(すげえ人ごみだった)単に建物を見るためなんですけど。
安藤忠雄という世界的に有名な建築家が設計していて、妻は設計の仕事をしていることもあってチェキしに、私は単なる荷物持ちとしてお供しました。(笑)
同潤会アパート跡地に出来たのですが、さすがに辺りの雰囲気が変わるものですね。道向かいには伊東豊雄のトッズビルもできたし、有名ブランドショップの建物が増えましたね。まるで銀座みゆき通りを歩いてるのかって錯覚するほどです。
他にも何箇所かの空き地でビルを建築中でした。職業柄か?どこの設計事務所がやってるのか看板チェックしたりしてしばし歩きました。有名な不動産ファンドが手がける物件もありましたよ。(笑)
これで表参道、明治通り沿いと海外ブランドそして国内大手アパレル旗艦店が占めたって感があります。回遊するお客さんの層も変わっていることでしょう。

でも実は個人的には少し寂しい気アリアリっすよ。
時代の流れだから仕方ないのでしょうけど、このトバッチリを受けてると思われるのがおもに裏原宿といわれるエリアで活動する国内インディーズブランドや古着屋さん。
ここ2年ほど家賃の高騰や街の客層の変化から、移転するものもちらほら出ていますね。
一大消費地としてだけではなくNY、LONDONに並ぶオリジナルファッションの情報発信基地としての価値が守られ続けてほしいものです。

♪メインロードから一歩裏道に入ると
  ロックンロールミシンの音が聴こえてくる♪

そんな多面的な表情を持つ街であり続けることを願って。


この映画はアチキの参加するAmebaスクラップブックロッケンロールミシンの元ネタとなったものです。

人生をリセットしたいそこのアナタにお勧めですw

ただし30代以上の方は見ないでくださいww
AD

BUKOWSKI : OLD PUNK

テーマ:

bukowsuki


アウトサイダー


ドラッグストア・カウボーイ


マイ・プライベート・アイダホ



オメコしたいなぁって思ってる女の子なんかとじゃなく

むさくるしい野郎同士で観に行ったほうが楽しかったなんていう映画がいくつかある

どこがかっこよかったかなんて女の子に言っても絶対わかってもらえないんだけど

ブーズ買い込んで男同士でレイトショー  これ最高

(ただし渋谷○○で“ブエノスアイレス”これだけはやっちゃダメw)

最近そんな機会もなくなったけど

またそんな楽しみ方してみたいなぁって思わせる映画。

久しくなかった感触です。


『ブコウスキー:オールドパンク』

アメリカ文学界のアウトロー チャールズ・ブコウスキーの生き様を描いたドキュメンタリー映画。
1/14~吉祥寺バウスシアター・レイトショー

ズンズン太郎の映画コーナー




パフパフ♪

 



ズンズンのジーンズっちバイブルとなった映画作品について語る第2弾である。




今回は

ランブルフィッシュ

1983年製作 米 監督:フランシス・F・コッポラ
出演者: マット・ディロン ミッキー・ローク ダイアン・レイン




いや~この頃のネコパンチ古っ(○`ε´○)
ミッキーはかっこ良かったんだなぁ~。
ぶっちゃけマット・ディロンじゃなくってミッキー主演の作品だな、これは。
佳作っちうかB級作品っちゅうか、金がない頃のコッポラが手がけた80年代版
“エデンの東”っていう感じなんだけど、時折無性に見たくなってPVのようにかけっ放しにしておいたな。
コッポラは娘(今やおしゃれ系映画監督)や甥(SANKYO最高!)を情実配役してたけど、マット・ディロンよりずっとメジャーになってしまった。
あの禿げが憎らしい。

マット・ディロンを見ていると、年取ったあとのキムタクのことを
ついつい心配してしまうズンズンである。










かなりのお久しぶりの
ズンズン太郎の映画コーナー
である。

 ジーンズっちのズンズンとしては
ジーンズっちバイブル
ともいうべき作品についてこれから語っていきたいと思うのでありんす。


まずはその1本目、

 マイプライベートアイダホ(1991/米)


 

 ストーリーは男娼の男の子(リバー・フェニックス)と親友(キアヌ・リーブス)がアイダホまで旅をする切ないロードムービー。主人公が突発的に睡眠に陥る病気(ナルコレプシー)の持ち主、親友は市長の息子でゲイだった気がする。

とにかく衣裳として使われる古着やそのスタイリングのテイストが好きで、ビデオを繰り返し見たのを覚えている。
 (公開時に劇場でも見たのだが、ゲイのカップルが結構多くて少しブルった。ウォン・カーウェイの“ブエノスアイレス”でもそうだったけど。)  

 監督は“グッド・ウィル・ハンティング”“エレファント”などのガス・ヴァン・サント。オレッチとしては有名になる前の、カルトっぽさのあった初期の作品の方が好きかな。

著名スタイリストの熊谷氏も大のお気に入りらしい。
エンディングのポーグスの曲もはまってて良かった。

大作に出演する前に命を落とした
リバー・フェニックス
もう少し活躍する姿を見てみたかったなぁ。
(オレッチにとってはこの作品と“旅立ちの時”が彼の代表作である。)



I'm a connoisseur of roads. I've been tasting roads my whole life. This road will never end. It probably goes all around the world"


























記憶が失われた時

テーマ:
ここでは初めての映画コーナーです。現在上映中の「誰も知らない」(是枝裕和監督)をお勧めしたいと思いますが、まずはこの監督の原点ともいうべきドキュメンタリー時代の作品について触れてみます。



『記憶が失われた時』 (96)
NHK
放送文化基金賞

入院中に病院の栄養管理が原因で、新しい記憶を積み重ねていくことができない "前向性健忘" になってしまった、ひとりの男性とその家族の記録。番組は医療制度の問題点を追求しながら、やがて"人にとって記憶とは何か?"という普遍的な問いに辿り着く。


現在、最新作「誰も知らない」が予想以上のヒットとなっている是枝裕和監督による
ドキュメンタリー作品です。
前向性健忘症というのは、通常の健忘症とは異なり、発病時点以降の記憶障害を指すようである。(10分前に話した内容を覚えていないなど。映画「メメント」もこの病気を扱った脚本である)

普通ドキュメンタリーというと、患者がいかにこの病気に苦しめられているかとか、病院側の医療過誤の責任をいかに追及するとかなどといった面に光があてられがちなものである。だが是枝監督のドキュメンタリー作品はともすれば過剰と受け止められかねないほど、その客体に寄り添うような視点で撮影を進めていく。(このスタンスは他の作品にも共通しています)

患者には奥さんと幼い子供達のいる家庭がある。一見どこにもある普通の家庭だが、患者は発症以降の記憶を有しておらず、記憶の大半は結婚前の情景である。
だから目の前で日々成長していく自分の子供達のことを記憶していくことができない。ある日は全くの他人に見えたり、またある日はいとおしい我が子であると実感したりしながら、その繰り返しに悩まされ続けていく。

でもそんなハンディを負った患者にも、一瞬一瞬の感情が(記憶とは呼べないものであっても)脳裏に残っている瞬間があります。
腕にかすかに残る体温(ぬくもり)から、先ほどまで抱きしめていた我が子を
思い出したり・・・

ひるがえって自分は一瞬一瞬の感情をこれほど大事にしているだろうかと考えてしまった。
山積みになるほどのビデオで子供を撮影していたとしても、本当に子供との一瞬一瞬を大切にしていると言えるのだろうか。


誰も知らない