感謝!感激!ポリあらし!

Perfumeに救われた人間もいます


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好き嫌い良い悪いは別にして、これだけ一気に書く労力と情熱には脱帽です。


さて、一連のエントリーの肝は最後の一言

◆ BABYMETALを準備したもの(7)
>>だが、BABYMETALは突然変異のように「降臨」したのではなく、日本の芸能史や社会情勢、歴史とつながっていること、「大きな流れ」の中にあるのだということを「洗礼の儀」を前に、しっかりとおさえておきたいと思うのである。


に集約されていうと思うので、amuseにおけるBABYMETALに至る流れを私なりに少し補足してみます。



◆ BABYMETALを準備したもの(2)
>>アーティストをメインコンテンツとするアミューズにとって、アイドルのプロデュースは未知の領域だった。いや、Perfumeをアイドルとすれば、それが唯一の成功例だった。もともと広島ASH出身のローカルアイドルだったPerfumeは、中田ヤスタカをプロデューサーとし、MIKIKO師による振り付けで歌い踊る「アイドルとテクノの融合」をコンセプトにメジャーデビューした。
>>全国のZeppを回るツアーや「Rock In Japan」「カウントダウンジャパン」などのフェスにも出演するようになっていた。


amuseは「アイドルのプロデュースは未知の領域だった」訳ではなく「BEE-HIVE」という、主にタレント育成プログラムが2003年~2006年に存在した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/BEE-HIVE

BOYSTYLE、Buzy、Perfume、の他にソロ活動の4人を加えて総勢17名

高校生まではBEE-HIVE寮で生活し、地下のレッスンスタジオとスタジオ前室にwebカメラが設置され24時間生中継されていた(通称beeカメ)
メンバーは、週一カメラの前に出てファンに姿を見せるよう指導されていた。2009年「ニコニコ大虐殺」でほとんど消えてしまったが、それ以前はほぼ全日分の「録画」が残されていた。
https://youtu.be/0AARVYy1SsM

BEE-HIVEにおけるPerfumeは末っ子で、2003年中三の春に上京しBEE-HIVE寮でお姉さん達と共にレッスンを重ね、一人、一組と契約解除される先輩たちを目の当たりに「いつ広島に帰されるか」とびくびくしながらも、2007年ポリリズムでブレイク果たす。
(どうやら同時期、Perfumeと同級生の吉高由里子もBEE-HIVE寮に住んでいた節がある。)

元GLAYのマネージャーだった(もっさんこと)山本マネージャーの戦略か、Perfumeはバンドの売り込み手法を取り、2007年初出演のロッキンジャパンフェスではレイクステージ(約1万人)を入場規制とし、いわゆるロキノンの口コミやwebでバンドファンに、ボカロの音にダンスがマッチしてニコ動のMADの拡散により、ニコ動住人の間で急速にファン層を拡大してゆく。のちには女性ファン拡大路線をとり世間的認知度を高めることに成功する。同性ファンを拡大することはメジャーへの近道でもある。

結果PerfumeはBEE-HIVEの出世頭となったが、他にも村川絵梨(BOYSTYLE 女優)、田野あさ美(BOYSTYLE 女優)など現役で頑張っているメンバーもいる。近年、Buzyのメインボーカルだった當山奈央がソロ活動を始め、私も年数回のLIVEに行ったりしている。

Yutubeに残っているBOYSTYLEやBuzyの映像をみると、現在のいわゆるアイドルではなく、本格的なダンスボーカルユニットを目指していたことは明らかだが、当時の認識では普通にアイドルだったと言えると思う。事実Perfumeの三人は「SPEEDに憧れ」て広島アクターズスクールで出会い『ぱふゅ→む』を結成している。
2006年11月TBSラジオでライムスター宇多丸曰く「Perfumeがダメだったら日本のアイドル文化は終わる」との発言がヤケに記憶に残っていた私は、二年後NHK-BS2・武道館LIVEの再放送でPerfumeに出会う。
https://youtu.be/aD6sSnSgPGQ

AKBブレイク前夜(「RIVER」で初のオリコンウィークリーチャート1位獲得したのは2009年 by wiki)の2006年にamuseはBEE-HIVEを解散し、事実上アイドルをアイドルとして売る為のマネージメントからは手を引いた、と言えると思う。つまり、ノウハウはないが経験はあった。


◆ BABYMETALを準備したもの(6)
>>その真っただ中に、というか、アミューズもそうした「アイドル」市場に参入しようとして作ったのがさくら学院であり、そこにうかうかと入ってしまったのが、誰あろう中元すず香、水野由結、菊地最愛だった。


『すべての「笑い」はドキュメンタリーである』という本がある。
サブタイトルは『「突ガバ」から「漫勉」まで倉本美津留とテレビの34年』

http://amzn.to/2yUmZGp


倉本美津留といえば、さくら学院校長でもある。
224ページに「あたらしい子供番組」とある。
古いメイトさんはご存知、菊池最愛の「パンツ飲料」や水野由結の「がんばれない」はこの番組で生まれた。

番組の冒頭では、さくら学院のメンバーが5人映ってる。
https://youtu.be/ulrmMO5weuE


この企画を考えたaumse執行役員・千葉伸大氏の思いがとても素敵なので少々長いが引用する。

-以下引用-
「アミューズキッズの役割は子役の育成ではない。今すぐどうこうではなく、将来的に役者やミュージシャンになりたければその土壌となる場を提供してあげたい。そのために子供たちが成長を実感して将来に夢を持てる瞬間を作れないであろうか。できれば彼ら、彼女たちがトライアルする瞬間を見せる、もしくはそういうプログラムを提供するような番組を作るといいのだが……」
アミューズキッズの子たちは別に将来タレントにならなくてもいい。学んだあとに自発的に看護師になりたいパティシエになりたい、留学したいと言いだしたらそれを応援してやる。アミューズに還元しなくても社会に還元してくれたらそれはこのプロジェクトの成功と考える。だからこそ、子どもたちが多様な価値観を持ってオリジナルな表現に挑戦していく様を描く番組ができたら面白いと思うのだ。千葉は社内の番組製作のスタッフと相談した。須田である。
「千葉さんとこの話がすごく合致する人がひとりいる。ちょっと呼んでみる」
すぐに打ち合わせの現場に倉本がやってきた。

(中略)

こうして夢の島の宝さがしのように子どもたちが自分たちで何かを見つけてくる番組、「新しい子供番組」が成立した。

(中略)

千葉は「さくら学院」というアミューズキッズ出身の女の子を中心に組んだユニットを立ち上げると、倉本に「さくら学院」という学校の校長になって欲しいとオファーを出した
(後略)

-引用終わり-


>>その真っただ中に、というか、アミューズもそうした「アイドル」市場に参入しようとして作ったのがさくら学院であり…

さくら学院の成り立ちは”「アイドル」市場に参入しよう”とした訳ではない事が明らかである。今の時代、小5~中3の女子グループに芸能活動の実戦経験を積ませるには、アイドル活動がポピュラー。

さくら学院におけるアイドル活動は”目的ではなく手段”に過ぎない。


BABYMETALを準備したもの(7)
>>「親しみやすさ」を売るAKB48型の「アイドル」と比べて、さくら学院を“アミューズクオリティ”と評することがあるが、なかんづく、「アイドルとメタルの融合」であるBABYMETALには、プロフェッショナルなエンターテイナーとしての実力が求められた。


今更ながら、SU-METALこと中元すず香は広島アクターズスクール出身である。
一期生の出世頭Perfumeを追ってアミューズ入りした事は想像に難くない。
https://youtu.be/3qvG71ERAEs
https://youtu.be/V88Vz7wp_b4

が、アイドルになりたかった訳でもない。
卒業間近の進路指導の映像では「シンガーソングライターになりたい」とはっきり言っている。
https://youtu.be/U4bRyiF7vG0?t=10m34s


さくら学院の振り付けもPerfumeもおなじMIKIKO先生。
今や本職のダンサーですら驚愕するPerfumeのシンクロダンスは「本物」だし、同じ指導者から受けるレッスンに「本物」が求められるのは当然で、事実さくら学院では、金のとれるレベルに達さない演目は本人たちがいかに演りたいと言ってもセットリストから外される。メンバーが小中学生であっても「学芸会・発表会」ではなく代金をもらう「ショー」だからだ。
https://youtu.be/RuFE2PqZcy8

>>「アイドルとメタルの融合」であるが故にプロフェッショナルなエンターテイナーとしての実力が求められた

のではなく、本人達こそプロフェッショナルなエンターテイナーを目指していた、とみるべきだと思う。

割と早い時期からバックバンドが採用されたのは、会社の海外戦略に丁度マッチしたことが大きな理由だと思われる。
2010年、東京ドーム公演を成功させたPerfumeは海外進出の話を断り続け、やっとその気になりユニバーサルに移籍したのが2012年2月。ONE OK ROCK、Perfume、BABYMETALと海外進出の突破口を見つけたい会社の戦略と時期がうまく重なった。Perfumeに関しては正直時機を逸したと思っている。2010年に出ていたらもう少し違う展開が有ったような気がするがタラレバの話。

そんな訳で私は、2014年3月2日武道館「黒い夜」エンディングで「BABYMETAL Say Goodby to JAPAN」を聞いた瞬間、これは本気だ!と思い国内でBABYMETALを観られるのは大バコで年1,2回と覚悟を決めた。当時、Perfumeを追いつつamuseの動向を見ていれば、誰が見てもそういう結論しか出てこなかったと思う。



三人も言っているし、メイト諸氏もBABYMETALはオンリーワンである思っている方がほとんどでしょう。もちろん私もそう思っていますが、P.T.A.なメイト父兄にとってBABYMETALは、唯一成功したPerfumeのフォロワーでもあるのです。

世相や音楽シーンとの兼ね合いはわかりませんが、amuseにおけるBABYMETALやさくら学院に対する認識はちょっと違うと感じたので不躾ながら一筆啓上。

 

 

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