神様と暮らす家そだて

家族の健康をまもり、言霊の幸わう家づくり。
家族と日本と地球の”健やか”をはぐくむ
うやまう暮し。


テーマ:

熱田神宮摂社 高座さん。

 

今回は金山駅から歩きました。

キャリーを引きずってのゆっくり歩きで約20分。


ウチの最初の子は、とにかくせわしなく仕事をする子どもで、悲鳴をあげそうでした。

ここの井戸覗きにつれてきましたよ。当時はとなりの瑞穂区に住んでましたし。

七五三は熱田さんだったし、やっぱり何かとお世話になっている神様です。




このあたりまでは浜だったんですよね。

熱田さんから三重県桑名への七里のわたしが使われていたそうです。

 

わたしが到着すると神主さんが自転車で到着。

なんでも、前任の神主さんは1月に退職されたとか。

ここの境内にはいろいろ面白い仕掛けがあるのです。

「たかくらさんおきてちょ」と声をかけコンコンすると願いが叶うというアレですが、、、

 

が、前任の神主さんがやられていたのであって、

今は特に取り外しもしないが、説明もしていないとおっしゃいました。

 

まあ、でも前回はしそびれたので、今日はコンコンしてきました。

 

すると、すぐにご夫婦が来られて「コンコン」されるご様子。

毎日お参りされているような印象でした。



こちらのご神木のお名前も教えていただいたんですが、

今の神主さんは「別の関係」だとされて、そういうお話はされませんでした。





でも、ひっきりなしにご近所の方がお参りに来られているご様子。

愛されているんですね。



 

主祭神の高倉下命は、大和朝廷成立に大きな功労を立てられた方です。

 

カンヤマトイワレヒコ(後の神武天皇)が紀伊半島から大和に入ろうとしたときに、抵抗勢力のニシキドの猛毒にやられて神武軍は皆床に伏し眠り込んでしまったのでした。

そんな時に高倉下に夢告げがり、倉に下した「フツノミタマ」で国を平定せよとの神告げでありました。

これにより、長寝の軍が目を覚まして一気に朝廷を打ち立てました。

 

この功労によりタカクラシタは神武天皇に引きたてられて、全国を巡って平定する総オシカを務めたあと紀国の国造りも務めました。

最終的には、神武天皇のお妃の一人を妻に迎え越国の守として収まったんです。

 

尾張地方にも「たかくら」の地名はあちこちに残っています。

尾張氏の祖ともいわれているわけで、少なくとも直系の子孫が当地にいたであろうことは、予想できます。

 

タカクラシタが亡くなったであろう越国の弥彦神社には6代目までのお墓があるそうです。

 

南下して、伊吹さんの麓にある岐阜県の伊富岐神社には9代目までが祀られています。

 

そして、愛知県一宮の伊富利部神社にも9代目が祀られています。

 

南下する都度、代が下っているので、葛城から直接というよりは、越国から南下してのルートでタカクラシタの子孫が尾張までやってきたのではないか説も考えられると思います。

 

ホツマツタヱによれば「タケトメが孫」がミヤヅヒメ(ヤマトタケの子を産んだ)なので、、、、うーん。

そのあたりにはちょいと雲がたなびいておりますね。

 

愛知の地名に「たかくら」という名が多いのは、総オシカ時代にその地にタカクラシタが来ていた可能性はありますね。代を下って子孫がやってきたときに受け入れられたのはすでに地盤があったからかもしれません。

 

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