神様と暮らす家そだて

家族の健康をまもり、言霊の幸わう家づくり。
家族と日本と地球の”健やか”をはぐくむ
うやまう暮し。


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最終更新日2015年11月15日
神社大濱熊野大神社。171番目。

大国主さまのご神徳が凄いアップという触れ込みがあり、お参りしてきました。

海に面した砂浜の松原の中に坐します。


祭りが近いようで、浜の海で鯛が泳いでいました。
10月7日に鎮座祭があり、爆竹を鳴らしたり轟音を出し駆け回るなどかなり勇壮なお祭りのようです。お祭り男は泥酔しているらしく、小さい子を連れて行く場合は注意が必要かもです。厄年会による盛大な餅投げもあるようですので、盛り上がる様子が目に見えるようです。


拝殿などはコンクリート造なのですが、神楽殿は往々の姿を見せています。


二の鳥居越しに見える拝殿。


浜の宮ですから、潮風に晒されて木が傷みやすいのしょうね。
PC造なら耐用年数が伸びます。


通称下の宮とも呼ばれているそうです。
碧南には熊野神社がもう一つあり、差別化のために「熊野大神社」としたということです。


祭神 伊弉冉命、速玉男命、事解男命、崇徳天皇

内庭に末社が見えます。


左側の末社。

右から 御國神社、元本堂社、皇神明社、熊野十二社権現
御國神社とは、遠州小国神社を勧請したものかもしれません。祭神は大己貴命となっています。
熊野十二社権現については、諸説ありますがいずれにしても神仏習合以降のことです。

由緒によれば大濱洲崎へ「熊野権現」と銘のある宝剣が大木に隠されて流れ着いたのは1167年で、それを揚げ置いた場に宮を造営して氏神としたということです。

右側の末社。玉砂利がキレイに整備してあり、足を踏み入れるのを遠慮しました。

左から、八王子宮(八柱神社)、御霞神社、川田神明社、龍神社 

そして、大国主命社です。172番目


このように7つのお社が造営されています。


右より、大國魂神(おほくにたま)み・ひつじ歳守護社


顕国玉神(うつしくにたま)うま歳守護社


大国主神(おおくにぬしのかみ)ね歳守護社


大物主神(おおものぬしのかみ)ゐ・うし歳守護社


大己貴神(おほなむち)いぬ・とら歳守護社


志固男神(しこをのかみ)う・とり守護社


八千矛神(やちほのこかみ)たつ・さる歳守護社


このように干支守りとして様々なお名前で祀られています。

ホツマツタヱで名の由来を探してみます。

大己貴神(おほなむち)
オホナムチ:ソサノヲとイナダヒメの第5子→イミ名はクシキネ

大物主神(おおものぬしのかみ)
オオモノヌシ:右の臣、剣の臣、八重垣の臣→初代はオオナムチ(クシヒコが事代主として代理を務めた)、2代目がクシヒコ

大国主神(おおくにぬしのかみ)
オオクンヌシ=ヲコヌシカミ:ニニキネの最初の宮「ニハリ宮宣り」を定めてニニキネより賜ったクシヒコの称え名

大國魂神(おほくにたま)
ヤマトヲヲコノミタマカミ=ヲコノミタマ。ヲヲコヌシだけではその功に報いるにはまだ足りないとアマテルカミに賜ったクシヒコの称え名

顕国玉神(うつしくにたま)
うつしくにたま おほなむち
つかるうもとの かみとなる:オホナムチの称え名

志固男神(しこをのかみ)
ホツマツタヱには記述が見当たりません。

八千矛神(やちほのこかみ)
ホツマツタヱには記述が見当たりません。
クシヒコが神上がりの時に伴ったアメノサカホコのことならば、クシヒコの事と思われます。

もともと八重垣の臣とはソサノヲから始まります。六ハタレ騒乱の元となったシラヒト・コクミを甥のイフキドヌシとともに平らげ、アマテルカミより「やゑかきはた」やイヅモの地を賜りました。それ以降、オオナムチ-クシヒコ-コモリと八重垣の臣は世襲されます。その意味ではオオモノヌシという役職と被っています。より参謀的な、祭祀を伴う側面を表現しているのかもしれません。

オオナムチの神さまは全国の多くの神社に祀られ愛されています。
ホツマツタヱからにじみ出るのは、クニツカミらしく直接民と触れ合って豊かにしていくことが大好きだったということです。タカマ(朝廷)の仕事(オオモノヌシ)を息子のクシヒコに代理させて自分は国中を走り回ったのです。
ちょっと泥臭い所やすぐに自惚れて図々しいところがありましたが、人たらしでクニを豊かにする技術は確かでした。
ソサノヲを父に持っているだけあって、荒御霊の側面では逆らうものを浄化する手腕も凄まじい神さまなのです。

オオナムチの息子であるクシヒコは多くの称え名を持つほど優秀な、国づくりの神さまです。
トノヲシテが日本の背骨として今日まで長きにわたって行き届き、栄えてきたのはオオクニヌシの功績であろうと思われます。未来を予測したかのようなアマテルカミの思し召しでした。
父、オオナムチを諌めることも何度かありました。そのクシヒコをもっとも慕ったのは、クシヒコの死後も長生きした父であるオオナムチその人ではなかったでしょうか。

これは大国主神の鳥居の外にあった石です。


この大濱熊野大神社では11月に大国主命秋の大祭がとり行われるそうです。
こちらはどんなお祭りなんでしょうね。

さて、同じ境内に玉津浦神社があります。173番目。
玉津島神社と何か関係があるのかな、と気になっていました。


けど、ぜんぜん関連は無かったようです。

加藤菊女という女性の純愛の物語です。


最後、境内で一番大きな樹のパワーをいただきました。ありがとうございます。
多賀神社で癒されて癖になってしまいました。

この神社は本当に大きくて立派です。
4方に鳥居があるのですが、こちらは東の鳥居です。





神社大濱熊野大神社(愛知県碧南市)
祭神 伊弉冉命、速玉男命、事解男命、崇徳天皇

神社大国主命社(大濱熊野大神社境内)
祭神 大國魂神(おほくにたま) 
   顕国玉神(うつしくにたま) 
   大国主神(おおくにぬしのかみ)
   大物主神(おおものぬしのかみ)
   大己貴神(おほなむち)
   志固男神(しこをのかみ)
   八千矛神(やちほのこかみ)

神社玉津浦神社(大濱熊野大神社境内)
祭神 不詳
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